サテュロスの祭典

少女ヌード写真の愛好家です。規制法が緩和され、少女ヌード写真美術復興と新作発表を目指し、果たされた暁には、設定年齢と同年齢の子役起用しての完全ノーカット無修正の実写化目指した小説を執筆します。茶化し冷やかし大歓迎、鋭いツッコミはお手柔らかにお願いします。#少女愛 #少女ヌード #西村理香 #力武靖 #清岡純子

紅兎〜想望編〜子守(2)

愛が産んだ赤子は、よく笑いよく泣いて、元気な子だ。
今朝も私の腕の中で元気よく手足を動かして笑っていた。
赤子の笑い声は良い。その声を聞いているだけで、幸せな気持ちにさせられる。
「爺じ、本当に良いの?私なら平気よ。」
私が赤子を抱いてあやしていると、愛が布団の中から笑いかけて言った。
「良いんだよ。昨夜は一晩中夜泣きして、一睡もできなかったんだろう?今日は一日、私が面倒見るから、よくおやすみ。」
「でも、爺じには社の仕事がたくさんあるわ。」
「なあに、全部ジュンに任せるさ。兎弊の風習は、神領の最も尊い神事は奴の口癖だ。喜んで引き受けてくれるだろう。」
「でも…何だか悪いわ、みんなに世話を焼かせて…」
「何を言ってる、この子はみんなの子だ。みんなで面倒見るのは当たり前じゃないか。それより、君こそ、昨夜は何故起こさん。前から言ってるだろう?夜中、手を焼かせるようならいつでも起こせって。さあ、おやすみ。」
私がもう一度念を押すと…
「それじゃあ、少し寝ようかな…でも、大変になったらすぐに起こしてね。この子、機嫌が良い時は良いけど、ぐずり出したら手に負えないからね。」
「わかった。泣き出したら、すぐに起こして君に押し付けるよ。」
「うん。」
愛は大きく頷いて、眠りについた。
愛しいと言えば…
寝息を立てて眠る愛の顔も、見れば見る程に愛しさをます。まるで、私の腕の中で眠る赤子と同じだ。
まあ、それもその筈だろう。最近、すっかり母親が板についてきたとは言え、十二歳は十二歳なのだ。眠りにつけば、幼子に戻る。
『全く…子供が無理するから…』
昨夜…
夜泣きがやまず、愛はたった一人で赤子をあやし続けていた。
そう言う時は、無理せず起こすように…
私のみならず、社の皆がいつも言っていた。
しかし、こう言う時、愛は誰も起こそうとした事がない。むしろ、皆を起こすまいと、寒空の境内をおぶって歩きながら、一晩中一人であやし続けるのである。
その度に…
「愛ちゃん、寝た!」
赤子を抱いて部屋を出ると、鬼の形相が私を出迎える。
社には、恐ろしい鬼娘が三人いる。
一人は言うまでもなく、最年長の由香里。一人は、貴之とは仇敵の間であった亜美。そして、最後の一人は、こちらもすっかり母親が板についた菜穂である。
かつて大人しく淑やかだった筈の菜穂は、母になって強くなり、和幸が呑助と知って怖くなった。
「全く!爺じって、何でいつもこうなの!」
今朝も、第一声、私をどやしつけたのは、菜穂であった。
「何だかんだ言って、いつも側にいるのは爺じ何だからね!赤ちゃんの夜泣き、爺じが気づいて起きてあげなきゃ駄目じゃない!愛ちゃんは、ああ見えて人に気を使う子なの!自分から起こすどころか、みんなを起こさないように、こっそり外に連れ出して子守するような子なのよ!全く!昨夜も一晩中、愛ちゃん、外に出ずっぱりだったって言うじゃない!ユカ姉ちゃんが気づかなかった、今頃まだそこらを歩いていたわ!それで風邪ひいたら、どう責任とるの!」
口説いようだが、前は無口な子だったのだ。そもそも、話が出来るのかと心配した事もあるのだ。
その子が…
よくもまあ、こんなに言葉が出てくるなと思うほど、延々と私に説教を続けるのである。
その傍で…
「赤ちゃん可哀想、可哀想。昨夜は一晩中おんもに連れ出されて、寒い寒いだったねー。」
相変わらず、私と話そうとも目を合わせようともしない亜美が、私から引っ手繰るようにして赤子を抱いてあやしながら言った。
「赤ちゃん、かあいそー、かあいそー。」
例によって、意味もわからず口真似る希美は、亜美にまとわりつき、赤子の頬を撫でたり小さな手を握ったりしながら、ケラケラ笑っていた。
「爺じ、わかってるの!愛ちゃんはね、床上げしたって言っても、まだ身体がちゃんと戻ってないのよ!まだまだ、無理をさせちゃダメなの!それを、爺じったら…」
いつ果てるとも知れぬ菜穂の説教に、私が段々肩を窄めて小さくなると…
「もう、そのくらいにしてやっておくんなせぇ。」
漸く助け舟に入ったのは、里一であった。
「親父さんも、社の仕事の他に領政の仕事も山程抱え込んでるんでさあ。夜はお疲れ何でござんすよ。」
「ふん!何がお疲れなもんですか!私達を弄んで子供作らせるか、領民から玉串や初穂を巻き上げる事しか頭にない連中の御用聞きなんて、誰でも出来るわ!それに比べて、女はね…」
菜穂は更に言いかけ…
「あれ?ユカ姉ちゃん…」
里一の後から風呂敷袋を担いでやってきた由香里に目を向けると、急に興味がそっちに移って行った。
「ユカ姉ちゃん、お出かけですか?だーれかさんと…」
菜穂が、由香里と里一を交互にみやりながら、ニィッと笑うと…
「ただ、市場まで買い物に行くだけよ。」
答える由香里は、仄かに頬を赤くした。
「行ってらっしゃい、ゆっくりね。マサ兄ちゃんと茜姉ちゃんの事は、怠けないように、私がちゃーんと見張っていてあげるから、安心してね。」
菜穂は言いつつ…
「ほら!里一さん!何、ユカ姉ちゃんに荷物持たせてんのよ!ユカ姉ちゃん、女の子なのよ!」
里一をどやしつけた。
「何!今度はあっしですかい!」
「そうよ!ほら、ちゃんと手を握ってあげて!市場は広いし、人も店も多いし、ユカ姉ちゃんが迷子になったり、変な人に絡まれたりしないよう、ちゃんと守ってあげなきゃ駄目よ!」
「ちょっと待っておくんなせぇ!あっしはめくらでござんすよ!」
「たがら何!里一さん、男でしょ!ほら、荷物持ってあげて、手を握ってあげて!」
菜穂は、鳥居を出るまで、ずっと二人を追い回して、私から矛先を変えた里一に、延々と説教し続けていた。
「朝から、凄いでごじゃるわねー。」
いつの間にそこにいたのか、朱理が私の横で呆気にとられて菜穂を見つめていた。
「母親になると、女の子は変わるのだろう。」
「私も変わるでごじゃるか?その…」
「カズ君との間に子供ができれば…か?」
私が言うと…
「私は変わらないでごじゃる。優しいお母さん、お嫁さんになるでごじゃる。」
朱理は鼻の下を指先でこすりながら、口ごもらせて言った。
「そうだね。君はきっと、優しくて可愛いお嫁さんになるだろう。」
そう言って、私が肩を抱いてやると、朱理は顔をくしゃくしゃにして笑い、赤子と希美の側により、一緒に遊び始めた。
赤子がまた、ケラケラと笑いだし、希美も釣られて笑いだした。
一条の光…
赤子と幼子と…
そこにいて、明るく笑っているだけで、眩く煌めいて見えた。
その時、社務所の方から鈴が鳴った。
種付参拝の合図だ。
今日は祭日。祭祀にこと寄せ通常の参拝も多いが、やはり日中からの種付参拝が多い。昼日中から、日頃の厄落としに励みに来る男達が多いのだ。
既に茜と雪絵が神饌所に篭っている。
また…
和幸が黒兎を解かれて以来、竜也が男色家の間で評判が立ち始めている。
妖艶な和幸に対し、哀愁漂う可憐な少女のような面差しの竜也も、今朝一番、雪絵と同時に種付参拝がついていた。
そして、今度は…
和幸と秀行が、直接、指名を告げにやってきた。
まず、秀行が亜美にボソボソっと何か告げてグッと抱きしめると、亜美は大きく頷いて秀行に赤子を託し、神饌所に去って行った。
「えーーーーっ!!!!私とアケ姉ちゃん、同時に種付!どうしよう!」
鈴の音に飛んできた菜穂は、和幸から指名の報せを受けるなり、声を上げた。
「仕方ないでごじゃるよ。今日は祭日でごじゃるもん。」
日頃、菜穂に引き摺られる格好の朱理は、此処一番と言う時は、お姉さんぶりを発揮する。
「ナッちゃん、私、先に行くでごじゃるから、赤ちゃんと希美ちゃんに…ね。」
鼻の下を擦りながら笑って言うと、赤子と希美…
何より、愛する和幸に後ろ髪引かれ、なかなかその場を離れられない菜穂を残して、一足先に神饌所に向かおうとした。
すると…
「アケちゃん。」
和幸は、朱理を呼び止め、何処にもやりたくないとでも言うように、強く強く抱きしめた。
「カズ兄ちゃん…私は大丈夫でごじゃる。ナッちゃんに優しくするでごじゃる。」
朱理は言いながら、もう一度鼻の下を擦って笑って見せ、自分から和幸の腕を離れ、亜美の後を追った。
私は、朱理の背中を見つめながら、ふと思い出す。
朱理と菜穂が同時に初めての赤子を産んだ時の事を…
赤子の貰い手がついた時、菜穂はどうしても自分で育てたい、手離したくないと言って泣き続けていた。
すると…
『赤ちゃん貰う人、優しい人でごじゃるか?』
ある夜、朱理は自分の赤子を抱いて、私の部屋を尋ねてきた。
『ああ、優しい人だよ。十年以上も子供が授からない、大商人の夫婦でね。子供を持つのが夢だった。自分に子供ができない代わりに、恵まれない子供達の世話をしたり、捨て犬や捨て猫を片っ端から拾って、子供のように可愛がる優しい夫婦だ。和邇雨一族の陰謀の道具にされる事を百も承知で、それでも子供ができると飛び上がって喜んでいた。必ず可愛がって育ててくれるだろう。』
私が言うと…
『それじゃあ、この子をあげるでごじゃる。この子をあげる代わりに、ナッちゃん、もう少しだけ、赤ちゃんと一緒にいさせて欲しいでごじゃる。』
目にいっぱい涙を溜めながら、菜穂に負けず劣らず、目の中に入れても痛くない程可愛がっていた赤子を、私に差し出した。
和幸が、何とも言い難い眼差しで朱理を見送る傍…
「どうしよう…赤ちゃん、面倒見れる人誰もいなくなっちゃった…
ユキ姉ちゃんも、茜姉ちゃんも種付中だし…
ユカ姉ちゃんと里一さんはお買い物…
その上、私まで…どうしよう…」
菜穂は、心配そうに顔を見上げる希美と見つめ合いながら、今にも泣きそうな目になった。
「大丈夫だよ、僕がいるじゃないか。」
和幸は、今度はそっと菜穂の肩を抱いて言った。
「お父さん?」
「そうだよ、赤ちゃんは、僕がちゃんと面倒見てあげるよ。愛ちゃん、ゆっくり寝かせてあげる。」
「わあ!ありがとう、お父さん!」
菜穂は、思わず和幸の胸に抱きついた後…
「でも、大丈夫?希美ちゃんの面倒見るだけでも大変なのに、赤ちゃんの面倒も見れる?」
不安そうに首を傾げて尋ねた。
「忘れたのかい?僕、かつて幼かったここの兎神子達、みんなのお兄ちゃんだったんだよ。子供二人くらい、どうって事ないさ。」
「ありがとう、お父さん。やっぱり、いざとなったら、お父さんが頼りだわ。」
「それより…ナッちゃんこそ、気をつけるんだよ。種付に変な事や嫌な事をされたり、させられそうになったら、すぐに逃げ出すんだよ。僕が助けに行ってあげるからね。」
「私は大丈夫よ。変なマネされそうになったら、蹴飛ばしてやるんだから。この前だってね、赤兎だった愛ちゃんに、散々酷い事した男の穂柱を思い切りニギニギして、次に赤兎になった子を苛めたら、こいつをちょん切ってやるって言ってやったんだから。」
「ナッちゃん、強くなったね。あの、いつもメソメソしていた君が、信じられないよ。」
「女はね、子供ができると強くなるの。」
菜穂は、肩を窄めてクスッと笑い…
「お父さん。さっきは、お水掛けたりして、ごめんね。」
「良いんだよ。僕が、いけないんだからね。」
「今夜は、お酒、いっぱい呑ませてあげる。」
「本当かい?」
「本当よ。美味しいおつまみもたくさん作ってあげるし、私がお酌してあげる。」
そう言うと…
「ありがとう、ナッちゃん。」
「お父さん。」
私の隣で、赤子を抱いた希美が、いつ離れるのかと思われる程、延々と抱き合い続ける若い父親と母親を、不思議そうに見つめた。
私が、申し訳ないなと思いつつ、大きく咳払いして見せると。
菜穂は漸く種付の事を思い出し…
「爺じ!ちゃんと赤ちゃん面倒見るのよ!お父さんにばっかし任せちゃ駄目だからね!」
私にもう一瞥くれて、その場を去って行った。
板についたと言えば…
菜穂の厳しい躾が行き届いてか、和幸の父親ぶりもすっかり板についていた。
「そらーーーーっ!!!早いぞ!早いぞ!そらーーーーっ!!!」
境内に雪が積もってからと言うもの…
希美を載せるのは、拾里で作った仔馬の箱車より、かつて早苗に作ってやった、兎の箱車が多くなった。
未だ、希美を早苗だと思い込んでる亜美が乗せたがったからだ。
それに、雪の中で遊ぶには、車輪を付け替えると橇になる兎の箱車の方が都合よかった。
「早ーい、早ーい、もっと、もっとー!」
和幸が、橇になった箱車を駆け足で押すと、希美は手を叩いてはしゃぎ、希美の腕の中の赤子もケラケラ笑っていた。
「さあて、次は爺じが押そうかね。」
次に私が箱車の取っ手を持とうとすると…
「爺じは、少し休んでいて下さいな。」
和幸が笑って言った。
「おいおい、いくら私が爺じと呼ばれてるからって、まさか本当に老人扱いしてないだろな。私はまだ四十代だぞ。」
私が言うと…
「そうではありませんよ。最近、殆ど休めてないし、眠れてないのでしょう?」
和幸は、それまで娘達に見せていた笑顔が消え、考え深げな眼差しを私に向けた。
「そんな事はないぞ。遂この前までは、百合ちゃんに会い、今は愛ちゃんがいつも添い寝してくれて、ぐっすり眠れてる。いや、愛する女が側にいるって良いものだな。女が側にいると、深く安らかに眠れる。
カズ君は果報者だ。アケちゃんにナッちゃん、二人もそう言う女がいるんだ。二人とも、大事にしなきゃダメだぞ。」
私が、何処か惚けた声で言うと、和幸はしばし目を閉じて黙り込んだ後…
「愛ちゃんに聞いてますよ。」
和幸は、ボソッと言った。
「また、悪夢に魘されて、すぐ起きるようになられた。愛ちゃんが気をつけてやらないと、殆ど寝てないって…」
「いや、そんな事は…」
「崇敬会の顔役衆と連日やり合うようになられてから、そうなったと。
顔役衆に、突き上げられてるのでしょう?愛ちゃんの代わりの赤兎を早く兎弊しろと…
赤兎の飼育料の月賦玉串料と年賦初穂料は、白兎の五倍、黒兎の十倍ですからね。他に、種付中に怪我をした、病気になったと言っては、莫大な臨時玉串を請求できるし、子供ができた、産まれたと言えば、出産までの追加玉串も、白兎の五倍。他に、赤兎はいつでも何処でも誰でも好きなだけ種付け自由の代わりに、領民一律に課せられる一括種付玉串料は、赤兎の質次第とされ、顔役衆達のさじ加減一つ。
金の成る木が、早く欲しいわけです。
それと、十数年ぶりに、本当に仔兎神を産んだ愛ちゃんを、早く神妣神朝大宮社に引き渡せと…」
「赤兎は二度と鱶見本社に限っては出さん。
今後、赤兎を一人出す度に私の指を一本切る。その約束で、愛ちゃんだけは赤兎にした。あの約束は…」
「そんな事は言ってません。ただ、少しお休み下さい。でないと、愛ちゃん、赤子が夜泣きする度にまた境内をほっつき歩く事になります。」
「そうか…」
私が大きく頷いて、箱車の取っ手から手を離すと、和幸はまた笑顔に戻り…
「さあ、もう一っ走りだ!」
そう言って、箱車を押して駆け出した。
何と、穏やかな時間だろう…
和幸の押す箱車の中で、楽しげに笑う赤子と希美の笑い声を聞きながら、私は思った。
まるで、時間が止まったような錯覚をする。
幼子の笑顔と笑い声は、何処か永遠の時を思い起こさせる。
私が此処に赴任して、何人の赤子が産まれ、引き取られて行った事だろう。
赤子が引き取られるまでの間、産んだ子達は、それぞれ一生分の愛情を注いでいた。
やがて目の前を過ぎ去って行く子達と知りながら、精一杯の愛情を注いでいた。
背に負い、胸に抱き、今の和幸のように境内を駆け回って遊びながら、赤子と過ごす時、皆幸せいっぱいな顔をしていた。
自らの産み落とした、やがて別れ行く赤子と過ごす束の間の日々の幸せそうな顔の一つ一つが目に浮かび、思い出される。
あの時、皆、今の私と同じ思いを抱いていたのであろうか…
この幸せ…
この安らぎ…
本当に永遠のものであったら、どれ程良いだろうかと…
「ワンワン、ニャンニャン。」
和幸が縁側に腰掛け風車を作る傍、歪な形のお面を二つ作った希美が、得意げに交互に被って見せた。
「上手にできたね。」
和幸も、出来上がった風車を吹き回すと、希美はニコニコ笑って手を伸ばした。
「赤ちゃん、フーフー、クルクル、フーフー、クルクル。」
希美が、出来立ての風車を持って側に寄ると、赤子は私の腕の中で、哺乳瓶にむしゃぶりついていた。
「どうだ、さっき、希美ちゃんがお父さんと一生懸命作ったミルク、美味しそうに飲んでるだろう。」
私が言うと、希美は何も答えず、指を咥えてジーッと哺乳瓶を咥える赤子を見つめていた。
「希美ちゃん?」
私が顔を見上げると…
「オッパイ、オッパイ…」
希美はそう呟いて、喉をゴロゴロ鳴らしていた。
「希美ちゃんはお姉ちゃん。我慢我慢、お利口する約束じゃなかったのか?」
和幸が頭を撫でて言うと…
「オッパイ、オッパイ…」
希美は蓄音機のように繰り返しながら、次第に目に涙をため始めた。
「カズ君、そう言うなって。」
私は言いながら、愛が予め用意しておいてくれた、もう一本の哺乳瓶を差し出すと、希美は途端に笑顔になって、しゃぶり始めた。
やがて、哺乳瓶のミルクを飲み干し満足すると、希美は私の腕から赤子を取って抱き始めた。
「オッパイ、オッパイ、美味しいね。」
和幸は、赤子を嬉しそうにあやす希美を、何処か悲しげな眼差しで見つめていた。
「カズ君…」
「わかってはいるんです。此処に来て、日増しに元気になって見えるけど、あの子の命はあと二月…
一月過ぎれば、次第に衰弱し始めるだろうと、義隆先生にも言われました。でも…」
「受け入れられんのか?」
「ナッちゃんのようには…
どうせじきにいなくなるのだから、赤ん坊のままで良いと僕も頭では思っているのですが…」
「受け入れる必要あるのか?」
「えっ?」
「良いじゃないか。あの子は、ああして歴然と生きてる。生きている者を前に、死など受けれる必要あるまい。ナッちゃんとて、あの子を死ぬ者として育ててはいないだろう。でなければ、箸の使い方をあんなに必死になって教えはしなかっただろう。
三月後、半年後、一年後…あの子はもういないのか、まだ元気に過ごしてるかなど、その日が来なければわかるまい。」
私が言うと、和幸は小刻みに頷きながら…
「赤ちゃん、寝ちゃったね。」
希美の隣に座り、小さな肩を抱いて言った。
「うん。赤ちゃんネンネ、良い子良い子してあげる。」
希美は、和幸の顔を見上げてニッコリ笑うと、寝息を立てる赤子を優しく撫でて、頬擦りして見せた。
その時…
「よう!みんな、子守頑張っとるねー。」
不意に、素っ頓狂な声が、皆の頭の上で響いてきた。
「差し入れ持ってきてやったぞー。」
言いながら、笊いっぱいの焼き芋と薬缶いっぱいのお茶を運んできたのは、純一郎であった。
「やあ、気がきくなー。」
私が言うと…
「気、きくなー。」
隣の希美が、例によって意味も分からず真似して言い、赤子を揺かごに寝かせて、嬉しそうに焼き芋に手を伸ばそうとした。
すると…
「気がきくなーじゃなくて、ありがとうだろ。」
和幸が、希美の頭を撫でながら、優しく言った。菜穂の厳しい教育が行き届いてか、以前のように厳しく叱って、希美を泣かせるような事はもうしない。
希美も、和幸に言われて素直に頷くと…
「ども、ありがと、ごじゃいまーちゅ。」
ぺこりと頭を下げながら、舌足らずにお礼の言葉を述べた。
「やあ、希美ちゃん、ちゃんとお礼言えて、お利口だねー。」
純一郎は、目を細めて笑うと、焼き芋の笊を希美に渡した。
「食べて、良い?」
笊を抱えてニッコリ笑って言う希美に…
「良いよ。」
和幸も満面の笑みで言うと…
「はーし、はーし、美味しいね。いっただっきまーす。」
希美は、例によって、懐から巾着の箸入れに入った箸と、最近和幸に作ってもらった手作りの木皿を取り出して、焼き芋の一つを載せて食べ始めた。
「焼き芋を箸で食べるのかー、器用だねー。」
純一郎は、両手に箸を一本ずつ持ち、片方の箸で焼き芋を抑え、もう片方の箸で上手に小さく切りながら焼き芋を食べる希美を見て、関心深げに言った。
「ナッちゃんが、箸の使い方を褒めてから、何でも箸で食べたがるようになったんだよ。」
「なーるほど。」
純一郎は、また目を細めて笑いながら縁側に腰掛け、自分も焼き芋を一つとってかじり始めた。
「希美ちゃん、お箸の使い方、上手になったね。」
和幸が頭を撫でてやりながら言うと…
「はい、お父さんもどうぞ。」
希美はニコニコ笑って言いながら、小さく切った焼き芋を箸でつまんで、和幸の口に運んだ。
「うん、美味しいね。凄く美味しいね。」
和幸が、希美の口に運んでくれた焼き芋を頬張りながら言うと…
「はーし、はーし、美味しいね。」
そう言いながら、希美はまた、嬉しそうに笑って見せた。
和幸は、希美が瞬く間に焼き芋を平らげるのを見ると、さりげなく、焼き芋をもう一つとって、木皿に乗せてやった。
「ありがとー。」
希美が和幸の顔を見上げて言うと…
「いっぱい食べて、大きくなろうね。」
和幸は言いながら、汚れた希美の口を拭いてやった。
「和幸君、すっかり父親が板についたねー。」
「まあ…ナッちゃんの教育の賜物だろう。」
「そう言えば、ナッちゃん、厳しいんだって?和幸君に…」
「厳しいなどと言うもんではないさ。昔の引っ込み思案で大人しかったナッちゃんが嘘のようだよ。」
と、菜穂の恐妻ぶりを話して聞かせると、純一郎は腹を抱えて笑いだした。
「笑い事ではありませんよ。」
いつの間に聞きつけていたのか、和幸は片手で希美の頭を撫でながら、こちらを向いて大きな溜息をついて見せた。
権宮司様からも少し叱ってやってください。もう少し亭主を大事にしろってね。でないと、浮気するぞって…こう見えても、僕は神饌組の女の子達にモテモテなんですよ。あんまり厳しくすると…」
「で…君は、その…浮気する勇気はあるのかね?あるんだったら、大いに結構!男は両手両足に花を抱えるくらいが頼もしい!ガンガンやりたまえ。でも、後でナッちゃんがどう出るかの責任は負えんがね。」
純一郎が言うと…
「アッ…」
和幸は一声上げるや、忽ち😨←こう言う顔になって黙りこんでしまった。
「ほほう…そんなに顔色変えるとは、ナッちゃんは本当に怖いんだねー。」
純一郎は、😳←こう言う顔して言いながら、あまりに顔色変えてしまった和幸を、まんじりと見つめた。
そして…
「まあ、なんつうかな…
和幸君も何かと大変なわけだ。今日も朝から子守を頑張っている事だし、君には皆とはまた別にご褒美をあげるとするかな。」
言うなり、一升瓶を取り出した。
私は思わず😨←こう言う顔になり…
「わっ!待て!ジュン!今、それは駄目だ!」
私が言った時にはもう遅かった。
「ワオーーー!!!権宮司様、気、効くなーーー!!!」
和幸は、忽ち😍←こう言う顔になり、喉を鳴らしながら一升瓶に手を伸ばした。
「気、きくなーじゃないでちょ。ありがと、でちょ。」
側で、希美がさっきの和幸を口真似て言うと…
「ども、ありがと、ございまーす!」
和幸は、満面の笑みで頷きながら純一郎の差し出す一升瓶を受け取って…
「さーけ、さーけ、美味しいね。いっただっきまーす。」
と、希美の口真似をしながら、🤤←こう言う顔をして、栓を抜くなり喇叭呑みをし始めた。
「おい…カズ君…」
私が、益々😨←こう言う顔をして和幸を見つめると…
「相変わらず、良い呑みっぷりだねー。」
純一郎は、薬缶のお茶を注いで、茶道の真似事をしてか、茶碗を掌の上でクルクル回した後、ゆっくりの呑み始めた。
「ジュン…カズ君に酒呑ませてどーする気だ…」
「まあ、良いではないかね。私はねー、知ってるんだよー。和幸君は、大酒呑んでも決して呑まれない男だってね。それよりも…」
純一郎は、お茶を飲み干すと、揺かごの中で寝息を立てる赤子に目を留めて…
「愛ちゃんの子は、本当に器量も良いし、大人しいし、良い子だねー。母親に似て良かったねー。どれ、私も少し子守を手伝ってやろう。」
言いながら、赤子に手を伸ばした。
「わっ!ジュン!やめろ!その子、今やっと寝たところなんだぞ!」
「なーに、私もねー、子供を二人育ててるんだ。赤子の扱いには慣れたもんさ。」
「育ててないだろー!二人とも母親に押し付けて放しただろう!」
私が必死に言っても聞くものではなく…
「おっ!ちょうど髭を剃ったところだしな、赤子はみんな、これが大好きなんだぞ~。」
純一郎は言うなり、抱き上げた赤子に、顎を擦りつけ出した。
「そ~ら、赤ちゃん、おヒゲじょりじょりでちゅよ~。」
と、次の刹那…
「ホギャ、ボギャ、ボギャ…」
せっかく気持ちよく眠っていた赤子は、忽ち目を覚ましてぐずりだした。
すると…
「うわっ!ジュン!や…や…やめて~!」
最早、😭←こう言う顔で哀願する私に目もくれず…
「よ~し!それじゃ~」
言うなり、赤子を高々と抱え上げて…
「空中飛行だ~!ブーンブンブン、ブーーーーーン!!!!」
と、勢い良くクルクル回りはじめた。
途端…
「ホギャ~!ホギャ~!ホギャ~!」
赤子は忽ち凄まじい声を上げだして泣き出した。
「あれ?泣いちまった~ど~しよう~」
「ど~しようじゃないだろう!どうしてくれるんだ~!」
と、今度は…
「グスッ…グスッ…グスッ…」
それまでご機嫌で焼き芋を頬張っていた希美が、赤子の泣き声に連鎖して愚図りだした。
「おや?希美ちゃん、どうしたのー?」
「どうしたのーじゃない!この子はな、赤子が泣くと連鎖反応で泣き出すんだよ!」
「そーか、そーか。まあ、私に任せておきなさい。」
「わっ!ジュン!頼む、やめてくれ!おまえはもう何もするな!」
「まあ、良いから良いから。」
純一郎は、そう言うと、最早泣いて止まらぬ赤子を私の腕において、今度は希美に手を伸ばし…
「希美ちゃん、赤ちゃんは大丈夫大丈夫、爺じがちゃーんと宥めてくれるからねー。
ほ~ら、ム~ニュムニュムニュムニュ~、コ~チョコチョコチョ~」
と、希美を思い切りくすぐりだした。
すると、さあ、大変!
愚図ついていた希美は、遂に本泣きに泣き出した。
競うように声を張り上げて泣く、赤子と希美の声は、宮司屋敷の縁側中鳴り響き、恐らく、神饌所に篭って種付真っ最中の兎神子達の耳にも届いている事だろう。
私の脳裏には、顔を真っ赤にして怒鳴り込んでくる菜穂の顔がはっきり脳裏に浮かび上がってきた。
「ジュン…おまえ…これ、どうしてくれるんだ…」
私が、泣き止まぬ赤子と希美を前に、🥶←こう言う顔で氷ついていると…
「おっと!いけね、忘れてた!そろそろ、次の祭祀の時刻ではないか!
それじゃ、また後で…」
純一郎は、軽く手を挙げて言うと、さっさとその場を去って行った。
「お…おい…待て!コラッ!ジュン!待てー!」
私が、益々声を張り上げて泣く希美と赤子を抱えて呼び止めようとした時には、純一郎の姿は既に境内遠く離れ、本殿入り口に向かっていた。
赤子も幼子も、寝ている時と機嫌よく笑っている時は、神様そのものだと思う。
この世にこれほど愛しいものはなく、見ているだけで幸せな気持ちになる。
しかし、逆に大泣きされると、どうにもならない。
「ほーれ、ほれ。よしよし、よしよし。大丈夫だよ、大丈夫。何して欲しい?どうして欲しい?」
遂、今の今までぐっすり寝ていた子と笑っていた子が、火がついたように泣き声をあげると、もうどうにもならなくなる。
「き…希美ちゃん、赤ちゃんは大丈夫だからね、すぐご機嫌直すからね、泣かない泣かない。希美ちゃん、お姉ちゃんだもんね、お利口だもんね、今日もずっと赤ちゃんの世話してたんだもんね。」
必死に宥めるのも虚しく、希美は益々声を張り上げて泣きだし、希美の泣き声が大きくなると、赤子もまた負けじと声を張り上げた。
「カズ君、カズ君、ちょっと…」
と、振り向く私は、思わず😱←と言う顔になった。
案の定…
瞬く間に一升呑み干した和幸は、うつ伏せになって、大鼾かいて寝込んでしまっていた。
「おい!カズ君!カズ君!起きてくれ!頼む!起きてくれ!」
しかし、私が必死に揺すろうと小突こうと…
「おい!起きろ!」
遂に堪らず蹴飛ばそうと、起きたものではない。
「しゃ~け、しゃ~け、おいしい~にゃ~」
まるで、天国で遊んでいるような顔して寝言を言いながら、気持ち良さそうに寝込み続けた。
「おい!カズ君!カズ!和幸!!!!」
と、その時…
「爺じ!何、希美ちゃんと赤ちゃん泣かしてるの!!!!」
遂に、最も恐るべき事態が訪れた。
「ゲッ!ナッちゃん!」
「ゲッ!ナッちゃんじゃないでしょ!!!あれだけ言っておいたはずなのに、これは何なの!!!こんな事だから、愛ちゃん、夜寝られないのよ!
爺じ、良い年して、子守もまともにできないなんて、本当に全く…」
機関銃の如くがなりたてる菜穂は、更に更に恐るべきものを発見して、一層激昂した。
「まあ!!!!お父さん!!!!何て事なの!!!希美ちゃんも赤ちゃんも放して、大酒飲んで!!!今日と言う今日は…」
そこへ、朱理がやって来て…
「ありゃりゃ、希美ちゃんどうしたでごじゃるか?爺じに虐められたでごじゃるか?可哀想に…」
と、希美を抱きしめ撫で回し…
「ポヤポヤ~、赤ちゃんどーしたポニョ~。」
「爺じに虐められちゃったのね~、可哀想、可哀想。」
茜と雪絵がやってくるなり、私の腕から赤子を取り上げ、弄り回し始めた。
「こんな可愛い子を虐める何て、酷いポニョ~。もう大丈夫だポニョ~、お姉ちゃん達がメッするポニョ~。」
「そうそう。お姉ちゃん達が、赤ちゃん虐める悪い爺じをやっつけてあげまちゅからね~。」
「だから…私は虐めてないって…」
どんどん、話が大きく酷くなり、私の顔が益々😱←こうなって行く傍で、いつの間にやって来たのか、鬼の形相の亜美に、文字通り顎で動かされてる秀行と政樹と竜也が、せっせとバケツに水を汲んでいた。
「お…おい…それで何する気だ…」
私に答えるより早く…
「亜美姉ちゃん、バケツ十杯お水汲んできて!」
泥酔して眠りこける和幸を、腕組みして見下ろす菜穂が言うと…
「もう、汲んであるわよ。バケツ二十杯!」
亜美は言うが早いか、顎をしゃくりあげて、秀行、政樹、竜也に合図を送った。
すると…
「わ、わ、わ…やめろ、此処でそれをやるのは辞めてくれ!」
私が慌てて止めに入るのも虚しく…
「すまん!爺じ!」
「おいら達、亜美姉に逆らえねえんだ!」
政樹と竜也が、私にすまなそうに言うと、社の男共は、並々水を汲んだバケツを抱え、まっすぐ和幸の方に向かって行った。
「まあまあ、あの子も災難だったわね。」
玖玻璃は、事の顛末を主水から聞き終えると、腹を抱えて笑いこけた。
「それで、主水?その後、あの子と和幸はどうなったの?」
「いやあ、あの後、ユカちゃんにも散々油を絞られてな。頭が瘤だらけになる程ゲンコツ貰った上、カズ君は当面水しか飲ませて貰えない事になったよ。」
私が、眉を顰めて言うと…
「まあ!カズ兄ちゃん可哀想!でも、いつも呑んだくれては、菜穂姉ちゃん困らせてるんだもの、自業自得ね!」
愛はそう言って、一層腹を抱えて笑い転げた。
「カズ君はそれで良いさ。私が災難だったよ。ナッちゃん、散々、カズ君に水をぶっかけた後、『それじゃあ、爺じ、お兄ちゃん達と床拭いといてね!』とか言って、男どもを残して、さっさとアッちゃんと二人で去っちまうんだからな。」
「まあ、酷い!」
そう言いつつ、愛がまた笑い転げると…
「じゃじゃ~ん!」
と言う声と共に、朱理が希美を連れて入ってきた。
「えっへん!ど~じゃ、凄いじゃろう!」
朱理が鼻の下を指先で擦りながら言うと、粧し込んだ希美が私達の前で得意げにクルクル回って見せた。
「まあ!可愛い!アケ姉ちゃんに着せて貰ったのね。」
愛が言うと、希美は嬉しそうにクスクスと笑い出した。
「アケちゃんも、相変わらず着物を仕立てるのが上手いな。」
私が言うと、今度は朱理が「えへへへ」と笑いながら、また鼻の下を指先で擦りだした。
「でも、どうしてまた此処に?いつもなら、アケちゃんの仕立てた着物で粧し込んだあと、ナッちゃんとお人形遊びが定番じゃなかったのか?」
私が聞くと…
「ナッちゃん、まだ、カズ兄ちゃんにお説教でごじゃる…」
朱理は、腕を組んで、困った顔して俯き…
「お説教…ごじゃる…」
希美が、例によって意味もわからず、朱理と同じ格好を真似して言った。
「今夜は、朝まで、とことん言い聞かせると言ってたでごじゃる…」
「今夜、朝まで、言い聞かせる、ごじゃる…」
「つまり、いる場所なくて、此処に来たと…」
私が言うと…
「お母さんが、お父さんを怒鳴り続けてるところに置いておくの、子供に良くないでごじゃる。」
朱理が益々難しい顔して言い…
「子供、良くないごじゃる…」
希美が、またまた真似て言った。
「困った、お父さんとお母さんですねー。」
愛は、同じ格好と表情をして並ぶ朱理と希美を見てクスクス笑いながら、腕の中の赤子を撫でた。
さっきまで、夢中で乳房にしがみついついた赤子は、満腹したのか、いつの間にか寝入っていた。
希美は、赤子が眠りながらまだ咥えている乳首にを止めると…
「オッパイ、オッパイ…」
物欲しそうに指を咥えて呟きだした。
「希美ちゃんも、欲しいの?」
愛が尋ねると…
「オッパイ、オッパイ…」
希美は、答える代わりに、喉をゴロゴロ鳴らして、蓄音機のように繰り返した。
「おいで。」
愛は、さりげなく赤子を私の腕に渡すと、希美を手招きした。
「オッパイ!オッパイ!」
希美は、嬉しそうな笑みを満面に浮かべると、一段と声をあげながら、愛の腕の中に飛び込んで、さっきまで赤子が咥えていた乳首を吸い始めた。
今度は、その光景を、朱理がジーッと見つめてる。
「どうした?アケちゃんもオッパイが欲しいのか?」
私が言うと…
「欲しくないでごじゃる!私、赤ちゃんじゃないでごじゃる!」
朱理は、プイッと口を尖らせてそっぽを向いたかと思うと、また希美を赤子同様愛しそうに胸に抱く愛を、ジーッと見つめて始めた。
愛は、ニコッと笑い…
「アケ姉ちゃんもこっちに来て。久し振りに一緒に寝よう。」
手招きして言うと、朱理も鼻の下を擦って笑い、愛の隣の布団に潜り込んだ。
と、今度は…
「ナッちゃんも、そんな所に立ってないで、入ってきたらどうだ。」
私が言うと、いつの間にそこに立っていたのか、菜穂がそーっと障子を開けて、隙間から顔を出して見せた。
「まあ!菜穂姉ちゃんも来てたの!さあ、入って入って!」
「ナッちゃん、早く来るでごじゃる。風邪引くでごじゃる。」
愛と朱理が同時に言うと…
「お母さん、来るでごじゃる。」
希美が、愛の乳首を咥えたまま、ニコニコ笑って手招きした。
「それじゃあ、仲間に入れて貰おうかな。」
菜穂は、そう言って部屋に入って来ると…
「希美ちゃん、愛ちゃんにオッパイ貰ってるの?良いわね。」
希美の頭を撫でながら、さりげなく私と愛の間に割り込んできた。
「ねえ、カズ兄ちゃんはどうしたの?」
「お父さんは、お部屋に置いてきた。」
「そんな、一人だけ残して来るなんて可哀想でごじゃる。連れてきてあげれば良かったでごじゃる。」
「そうよ、一人ぽっちで部屋に残すなんて可哀想よ。」
「良いの。今夜は、一人で反省して貰うの。全く…あんなに、希美ちゃんと赤ちゃん、ちゃんと面倒見るって約束したのに、呑んだくれて二人とも放す何て許せないわ。今夜はとことん反省させて、絶対お酒やめさせるの。」
「お人形さん、できたー。」
「まあ!希美ちゃん、上手上手。それじゃあ、この子の着物も作ってあげましょうね。」
「うん!」
「カズ兄ちゃんがいたらなー…お人形さんの櫛や簪も作ってくれるのになー。」
「お人形さんのお化粧するのも上手でごじゃる。」
「もう!今夜は、お父さんの話は禁句禁句!」
「お人形さんの着物もできたー!」
「わあ、上手でごじゃる上手でごじゃる。」
「本当!希美ちゃん、いつの間にこんなに上手になったの?」
「そりゃあ、先生が良いからよ。お母さんと、毎日作ってるんだもんね。」
「それと、カズ兄ちゃんの教え方も上手でごじゃる。」
「だから、今夜はお父さんの話は禁句!」
いつの間にか、菜穂に弾き出された私は、窓際に腰掛け、人形遊びに興じる少女達の姿を眺め続けた。
希美を中心にして、いつまでも部屋を満たす明るい笑い声…
あと、どれだけの間、この笑い声が聞こえるのだろう。
外を見渡せば、一面、真綿の雪に埋もれている。
長い長い雪の冬景色…
本当なら、この雪景色が消え、梅の季節が待ち遠しい筈なのだが、今は、永遠にこの景色が続けば良いと思う。
梅が咲き、菜の花や水仙が大地を彩る時、この笑い声はもう聞こえては来ないだろうから…
やがて…
部屋を満たした笑い声は、寝息の声に変わっていた。
私は、腕の中の赤子と、私の寝床を占領した菜穂に抱かれて眠る希美の顔を見比べる。
どちらも、やがて、境内の雪解けと共に幻の如く消えてゆくのだろう。
「爺じ…」
私が窓の外に目を向けると、いつの間にか側に寄ってきていた愛が、私の肩にもたれ掛かってきた。
「どうした?今夜は、私が一晩子守する。君は眠ると良い。」
私が言うと、愛は大きく首を振った。
「眠りたくないの。ほんの少しでも、起きて、この子の顔を見ていたいから…」
愛は、そう言うと、私の腕の中で眠る赤子の頬をそっと撫でた。
「爺じこそ、今夜は寝て。最近、また眠れてないから。」
「私も眠りたくないのだよ。」
「爺じも?」
私は、大きく頷いて、愛の頬を撫でた。
「眠った分だけ、大切な時間が短くなるからね。」
「爺じ…」
「今日は、一日中、子守をして思ったよ。今が一番の幸せな時なのだなと。」
愛は、私に抱き寄せられると、私の胸に顔を埋めた。
「失いたくない…」
「えっ?」
「いや、何でもない。今夜は、ずっとこうしていよう。布団はあの子達に占領されてしまったし…冬の長夜はこの方が暖かい…」
「うん。」
私は、ニッコリ笑って頷く愛を、一層強く抱きしめながら、私達の布団で川の字に眠る、菜穂と希美と朱理を見つめた。
「希美ちゃん、良い子良い子…お利口さん…可愛い子…」
菜穂は、ブツブツ寝言を呟きながら、決して手放すまいと、希美を抱きしめていた。
「主水、例の件、何としてでも…」
全てを聞き終えた玖玻璃は、一頻り笑い転げた後、ふと目線を遠くに移して言った。
「漸く掴んだ愛の今の幸福、失わせたくはありません。叶うものなら、その幸福を、他の赤兎達にも…」
「御意…」
「それと、今日のような報せ、また持ち帰って欲しい。
殊に、愛と愛の産んだ赤子とは別に、希美の事も…」
主水は何も答えず、暫し顔をあげて玖玻璃の顔を見つめた後…
「聞けば、今は息災な希美も、そう長くないと聞きます。せめて、生きている間、精一杯、健気に過ごしていた事を、あの娘に伝えたい。
あの娘もまた、希美の為に、希美の分まで存分に生きて行く力を得る為に…」
「ハハーッ!」
一声発すると、深々と平伏した。