サテュロスの祭典

少女ヌード写真の愛好家です。規制法が緩和され、少女ヌード写真美術復興と新作発表を目指し、果たされた暁には、設定年齢と同年齢の子役起用しての完全ノーカット無修正の実写化目指した小説を執筆します。茶化し冷やかし大歓迎、鋭いツッコミはお手柔らかにお願いします。#少女愛 #少女ヌード #西村理香 #力武靖 #清岡純子

社会的去勢からの脱却(1)

これまでは、『去勢された社会』と言うタイトルで話を進めてきた。
では、そうした社会であるなら、どうするべきかと言う話に移そうと思が…
その前に、ここで、僕の話を聞いて大きな誤解を招きそうなので先に話す。
まず、児童ポルノと呼ばれる映像にしても、児童買春と呼ばれる行為にしても、規制する事そのものには、賛成である。
ここは包み隠さず言うが、僕は異性に感心を抱く小児性愛と呼ばれる者である。
だから、ストレートな僕の願望を話せば、十二歳以下の少女のヌードが見たい。できるものなら、十二歳までの少女は、一切服など着ないで、町中を歩いて欲しい。これも素直に言えば、十二歳以下の少女達と性的スキンシップをとりたいし、まず、当人がそうしても良いと言ってくれても、物理的に無理だろうが、結合にまで至りたい。
しかし、すべては、本人が同意してくれた場合である。
前に、『痛い!痛い!』と泣き噦る女の子を、複数の男達で無理やり貫く映像もあると話したが、あんな事は言語道断であると僕は思う。
町田ひらくさんの漫画は、フィクションだから楽しめる。しかも、彼の漫画は、あくまでもいたいけない少女達を凌辱する者達への激しい怒りに満ちて描かれているから、共感もできる。
しかし、町田ひらくさんの漫画に登場する犯罪者のような真似を、リアルにやるなど言語道断だと思っている。
かつてブームだった頃、ロリコン雑誌によっては、子供達への犯罪行為を煽り立てたり、実際に起きた性犯罪を面白半分に取り上げるのを見て、嫌悪感を感じた。
先に、『痛い!痛い!』と泣き噦る女の子を、無理やり複数の男達で貫く映像を、新作映画の紹介でもするように楽しげに書きたてる記事も不愉快であった。
何より、親が自分の子供を私物のように見做し、泣いて嫌がる娘にポルノ出演や売春行為を強いる行為に対しては、嫌悪感を通して憎悪の感情に掻き立てられる。
こうした行為は、断固、厳罰に処するべきだと思う。
こう話すと、小児性愛なのに?
と、思われる方もおられるかと思うが、ここでもう一つ、小児性愛をきちんと理解して欲しい。
まず、最近、年の差婚なるものが流行ったりしている。
そこで、二十代の女性が好きで、彼女達に対して恋愛感情や結婚願望を抱く中年男性に聞きたい。
自分が恋愛感情や結婚願望を抱く若い女性への性犯罪を煽り立てる文章を見て嬉しいだろうか?恋愛や結婚したい若い女性が、凌辱される姿を見て嬉しいだろうか?
そう言う女性の裸を見たい、性的な事をしたい…できれば、結合にまで至りたいと言う思いと、それは別物であるかと思う。
いや、そう言う願望を抱く相手なればこそ、そう言う相手が傷つけられる姿に胸を痛めるものだと思う。
また、同性愛なるものが社会的認知を受けつつあるが…
同性愛の方々は、恋愛感情を抱く同性相手が、やはり、犯罪の標的になるのを見て嬉しいかどうか。恋愛感情を抱く同性相手への犯罪を煽り立てる文章を見て、面白いだろうか?
小児性愛も同じである。
この点を踏まえた上で、これから話す事を、聞く気のある方は、きちんと聞いて頂きたい。
社会的去勢から脱却する方法。
一言で言って、僕は年齢性別を問わず、自由に解放するべきだと思う。更に付け加えて言えば、性と食を同じと見なし、誰もが自由に楽しく嗜めるようにするべきだと思う。
特に、幼い子供達に性生活から遠ざけるのではなく、むしろ、幼いうちから、性生活を楽しく嗜ませるべきだと思う。
前に、サッカーになぞらえ、かなりの大きくなるまで、サッカーは有害だと言って、一切見聞きさせず、ある程度大きくなってからは、やたらと危険だと言う事を強調して、サッカーの理論のみを教えて、大人になってようやくサッカーの試合を見せ、三十近くになっていきなりサッカーをやらせてワールドカップを目指せ…
今の社会の性事情は、これに似ていると話をした。
今度は、食になぞらえ、性事情を説明する。
おそらく、この方がわかりやすいと思う。
かなり大きくなるまで、料理を食べさせるどころか、有害だと言って、大人が食べてる光景すら見せず、ひたすら哺乳瓶のミルクを飲ませる。かなり大きくなってから、ようやく料理なるものの理論のみを、食べた場合のリスクのみ強調して教え始める。そして、大人になってから、漸く料理を食べてる光景だけ見せる。その間も、口にするのはひたすら哺乳瓶のミルクである。
そうして、三十近くになり、僕について言えば、そろそろ虫歯で一本か二本、歯が抜け落ちた頃、いきなり分厚いステーキを食べろと言われる。
これが、今の性事情だと思う。
そう考えた時、今後、いかに社会的去勢から脱却する事で、自然体に少子化から抜け出せば良いかが見えて来る気がする。
性と食が同じであるなら、子供に離乳させて普通の料理を美味しく嗜ませるのと同じように、性も身体の成長に合わせて、徐々に教えるのではなく、実際に気持ちよく嗜ませて行けば良いと思う。
僕が最も馬鹿げてると思うのは、生殖機能に最も優れている思春期の若者達を、性から遠ざけるばかりか、危険とリスクを強調した性教育と言う名の洗脳を施す事である。
これって、食べ盛りの若者に、料理のリスクと危険ばかりを強調した家庭科と言う名の洗脳を施し、ひたすら哺乳瓶を与えるのと同じだと思う。
そうして、大人になった若者が、性に関心を抱かなくなり、むしろ嫌悪する者まで現れ、結婚しなくなり、子供を産まなくなるのを見て、慌てて三十近い、四十近い未婚者に、結婚しろだの子供作れだのと言っても、もう遅いである。
皆、人は無限大に性欲があると勘違いしてないだろあか?特に、男は死ぬまで、寝ても覚めても、女とやる事ばかり考えていると勘違いしてないだろうか?
食欲も年相応に落ちてくるように、性欲も年相応に落ちてくる。
殊に、過度なダイエットをされてる方を見ればわかるように、無理に食べないようにすれば、過食症を引き起こして食べられなくなる。
性も同じである。最も盛んな年齢の時に遠ざければ、拒否反応を示すようになる。まして、今の社会、性的なものを、猥褻ではなく犯罪虐待呼ばわりをして、断罪すらしている。
そんな状況の中で三十近くまで過ごさせ、そろそろ普通に考えても減退する年齢に達した頃になって、さあ、結婚=男女の営みをはじめましょう…
これ、無理ですよと言う話になる。
そもそも、僕も四十過ぎて初めてソープランドに行き、知ったのだが、男女の結合はいきなりやってできるものでも、楽しいものでも、気持ち良いものでもない。はっきり言って、苦痛の二文字であった。
こう話すと、昔の男女は、かなり高齢まで二桁の子供を産んだ話をするかも知れないが、それは、若い頃からの積み重ねである。
幼い頃から、リアルに性的なものに触れ、生殖可能と同時に結合し、体力のある時から子供を産み育ててるから、歳とってもできるのであり、縄文時代なら老人と呼ばれていたであろう年齢になって、いきなりやれと言われてできるものではないのである。
僕は、社会的去勢状況から脱却し、少子化を自然体で改善するには、幼いうちから性を教えるのではなく、嗜ませてゆくようにするべきだと思う。
しかし、既に社会的去勢状況となり、半世紀も過ぎてしまった今…
教える大人からして、僕の目に、理論理屈ばかりで、性を嗜むものである事、気持ちよく楽しむ事をすっかり忘れてしまっている気がする。
凶悪な性犯罪が多発するのも、逆に性に無関心…どころか、嫌悪感すら抱く若者が増えてしまう事による少子化も、全ては、性の嗜み方を忘れ去ってしまってる事に起因するかと思う。
では、どうすれば良いか…
性の危険ばかりを強調する、性教育と言う名の洗脳をやめ、大人が子供に教えてやるのではなく、大人と子供が一緒に楽しみ方を学んでゆく必要があるかと思う。
そこで、実に有益な教材となるのが、僕が昔見た、欧州渡来の児童ポルノ映像かと思う。
最も…
厳密には、彼らは児童ポルノを製作したつもりは、おそらく全くなく、自分達の日常映像を映し出し、その中の一部が、大人と子供の性的なスキンシップ映像なのだと思われる。
なので、本来、僕は『児童ポルノ』と言う呼び方は相応しくないと思う。
そこで、僕は、今後は、欧州渡来の『性的スキンシップ映像』と呼ぶ事にする。
本当であれば、今こそ、大人と子供が一緒になって、あの『性的スキンシップ映像』を見ながら、性の嗜み方を学びたいと思う。あの映像の中にこそ、社会的去勢状況からの脱却方法が全て詰まっている気がする。
しかし、かく言う僕自身、とっておけばよかったものを、諸事情あって全て破棄してしまった。
なので、出来る限り、見たときの記憶を辿りながら、内容を噛み砕いて話し、それに対する僕の初見を話して行きたいと思う。