時は、ゆっくりと流れて行った。
やがて、訪れる別れの日など、忘れてしまったように、皆、穏やかに平和に過ごしていた。
軽やかな鈴が鳴る。
「いらっしゃいませ、ようこそご参拝を…」
参集殿玄関口で、由香里が参拝者を出迎え言葉を交わすと…
「アッちゃーん、種付参拝よ。」
境内で、専用の鈴を鳴らしながら、希美と遊んでいた亜美を呼んだ。
「はーい。」
亜美は、大きな声で返事をすると…
「それじゃあ、また、後でね。」
「お姉ちゃん、遊ぶ…」
希美は、亜美の袖をひっぱり、今にも泣きそうな目を向けた。
「ごめんね、すぐ、戻ってくるからね。」
「遊ぶ…」
希美は、いよいよグズつきそうになると…
側で、愛が抱いていた赤子も、ホギャホギャとぐずり出した。
「ほーら、サナちゃんはお姉ちゃんでしょう。赤ちゃん、泣きそうよ。行ってあげないと…」
亜美が、そう言って希美の頭を撫でてやると…
「うん。」
希美は、涙で濡れかけた目を擦りながら、赤子の方に向かった。
「赤ちゃん、カーイー。カーイー。良い子、良い子…」
希美が、赤子の顔を覗き込むなり、ベソかきが嘘のように笑顔になって、小さな頬を撫で撫でし始めた。
亜美は、赤子をあやす希美に、愛しそうな笑みを残して、参集殿裏手の神饌所に向かった。
「相変わらず、希美ちゃんをサナ姉ちゃんと思ってるでごじゃるか…」
朱理は、亜美の背中を見送ると、ボソッと言った。
「良いんじゃないの。それで、前のアッちゃんに戻ってくれるんならさ。」
雪絵は、相変わらず、竜也といちゃつきながら言う。
そこへ、箱いっぱいのお菓子を抱えた、政樹と茜が駆けつけてきた。
「おーい、見てくれ!新作ができたぞー!」
「あれま…ユカ姉ちゃんが、受付やってるのを良い事に、また…」
雪絵が呆れ顔で言うと…
「おーかーし、おーかーし。」
希美が、満面の笑みで、菜穂の顔を見上げた。
「我慢、我慢、お利口…駄目?」
菜穂は、涙目になりそうな希美の頬を撫で…
「ううん、良いのよ。行ってらっしゃい。」
そう言うと、希美はまた、顔をクシャクシャにして笑い、トコトコと政樹と茜の方に向かった。
「ねえ、赤ちゃん、少し預かってあげようか。愛ちゃん、マサ兄ちゃんと茜姉ちゃんのお菓子、大好きでしょ。」
菜穂が、横から赤子の頬を撫でて言うと…
「ううん。菜穂姉ちゃんこそ、甘いものに目がないじゃない。私は、みんなが食べて、余ったもので良いわ。
それに…
私よりこの子がお腹空かせてるから…」
愛は、慣れた手つきで乳首を赤子に咥えさせながら言った。
赤子が、勢いよく乳を飲み始める。
「ねえ…」
菜穂は、赤子の顔を見つめながら…
「この子も、きっと、マサ兄ちゃんと茜姉ちゃんのお菓子、見たいんじゃないかな。」
さりげなく、愛を立たせて言った。
「見せてあげよう。」
「うん。」
愛も、誘われるままに、政樹と茜の方に向かった。
「わあ!カーイー!」
希美が、茜の箱いっぱいに詰め込まれた、動物や草花、お人形を象る練り切りと金団をながめまわしながら、声を上げた。
「えっへん!どーじゃー、凄いポニョー。」
茜は、希美と言うより、朱理に当て付けるように、鼻の下を擦りながら、得意げに言った。
「茜姉ちゃん、私の真似して、酷いでごじゃるーーーー!」
朱理は、(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾←こう言う顔して、キーキー言うと、そこに居合わせた一同、クスクスと笑い出した。
「待て待て、これで驚いちゃー、いけないよ。俺の傑作見ておくれ!」
政樹は言うと、自分の箱の中から、自作の羊羹と練り切りを取り出した。
「何、これ…ただの羊羹じゃない。」
雪絵がつまんなそーに言うと…
「こいつは、ただの枝…まあ、よく出来てるのは確かだけど、地味だね。」
竜也が、政樹の練り切りを摘んで眺めながら言った。
菜穂と愛も、二人ほど辛辣な言い方はしなかったが、眉を顰めて首を傾げた。
すると…
「そう、捨てたものでもないぞ…」
秀行が、横からボソッと言って、枝を象る練り切りを、日にかざしてみせた。
政樹と茜が、互いの顔を見合わせ、大きく頷きあいながら、ニマッと笑うと…
「アーーーッ!」
一同、思わず大声をあげた。
それまで、ただの木の棒でしかなかった練り切りから、楓の紅葉が現れ、キラキラと輝き出したのだ。
「凄ーい!どうやって、作ったの!」
「これで、驚いちゃー、いけねえよ。ヒデ兄、そいつを裏返してくんなー。」
政樹が、雪絵に答える代わりに言うと、秀行は言われるままに、練り切りを裏返した。
「エーーーッ!!!」
忽ち、また、驚嘆の声があがった。
今度は、銀杏の黄葉が現れ、キラキラ輝き出したのである。
更に、政樹は、自作の羊羹を取り出し、木の枝の練り切りと少し離して、日にかざした。
すると、羊羹の中から、満月と星々が出現し、キラキラ輝き出したのである。
それだけではない。更に、出現した月明かりは、木の枝の練り切りを照らし出したのである。
「わーーー!」
皆、ポカンと口を開ける中…
「ハーシ、ハーシ、美味しいね。いっただっきまーす。」
一人、希美は懐から自前の綺麗な箸袋に入れられた箸を取り出すと、茜の作った練り切りを、モグモグ食べ始めていた。
どうやら、政樹の凝った菓子の仕掛けには興味ないらしい。
その時…
「まあ!本当に綺麗で、素敵なお菓子だこと!」
後ろから、突っ慳貪な声が聞こえてきた。
思わず、ビクッとした政樹と茜が、恐る恐る振り向くと…
案の定、眉にしわ寄せ、口をへの字にして腕組みする由香里が立っていた。
「ゲッ!」
「ユカ姉ちゃん!」
政樹と茜が、忽ち蒼白になった。
「ところで、あんた達!お願いしていた、煮物とお浸し、出来てるんでしょうね!」
「いや、あの…それは…」
「ポヤポヤ、ポニョポニョ…」
政樹と茜が、指先で頭を掻きながら、互いの顔を見合わせていると…
「さーて、ちょっと厨房の様子を見に行こうかしら…ネッ!」
由香里は言うなり…
「わーっ!痛え!」
「痛いポニョ~!ユカ姉ちゃん!痛い!痛い!」
悲鳴をあげる、政樹と茜の耳を引っ張って行った。
「あーらら…あの二人、また、頭をコブだらけにするわね。」
「全くだ…」
雪絵と竜也は、互いの顔を見合わせると、両手を広げて首を傾げた。
「さーて、腹拵えしたら、私の新作着るでごじゃるよ。」
「わあ!良いわねー!希美ちゃん、アケ姉ちゃんが、また着物を縫ってくれたんだって!今度は、どんな着物を縫ってくれたのかなー!」
お菓子を存分に食べ、満足そうに笑う希美に、口々に言うと、朱理と菜穂は、希美の手を引こうとした。
「ちょっと、待ってよ!」
雪絵が、慌てて、二人を制止する。
「希美ちゃん、これから、私達と鞠付きと羽根つきをするのよ!ねー、リュウ君。」
「え…あ…うん…」
竜也は、少し困った顔をして口ごもらせながら頷いた。
「何言ってるのよ!希美ちゃん、身体弱いのよ!」
「そーでごじゃる!そーでごじゃる!鞠付きに羽根つきなんて、希美ちゃんの身体に良くないでごじゃる!」
菜穂と朱理も、負けじと希美を連れて行こうとする。
希美は、自分を取り合う、お姉ちゃん達の事が良く分からず、困った顔して、愛の方を見た。
愛も困った顔をして、首を傾げていた。
「希美ちゃん、おいで。」
愛がそっと手招きすると、希美はトコトコと側に寄って行った。
「困ったさんねー。」
愛は、喧嘩するお姉ちゃん達の方を見ながら、救いを求めるように袖を引っ張る希美に肩を窄めて言うと…
「困ったさんねー。」
希美も、同じ仕草をして言った。
喧嘩は、一層白熱し、双方一歩も引く気配なし…
希美は、大好きなお姉ちゃん同士の喧嘩に、ベソをかきそうになっていた。
「赤ちゃん、お腹いっぱいになったから、希美ちゃんも飲まない?」
不意に、愛が赤子が漸く口を離した乳房を差し出して言うと、希美は、忽ち満面の笑みとなった。
「良いのー」
「良いわよ。」
愛が、大きく頷くと、希美はゴロゴロ喉を鳴らしながら、愛の乳首に被りついた。
愛は、大きな赤ちゃんのような希美を抱くと、愛しそうに頭を撫でてやった。
片方の腕の中で、スヤスヤ寝息を立てる赤子の温もりと、もう片方の腕の中で、夢中になって乳首を吸う希美…
どちらの温もりも、とても柔らかくて暖かく心地良い。
二人とも、ミルクのような甘く良い香りがする。
愛は、二人の温もりと香りとに、眠くなってきそうになる。
何て愛しいのだろう…
愛は、二人に頬ずりしながら思った。
和幸は、少し離れた所から、静かにこの光景を見つめていた。
「希美ちゃん、益々元気になってきたな。」
私が言うと、和幸は底深な眼差しを向けてきた。
相変わらず、心の読めぬ目をしている。
「まだ、権禰宜になるつもりか?私と一緒に戦いたいのか?」
和幸は、答える代わりに、希美達の方に目線を戻した。
「ひょっとしたら、あの子は、もっと長く生きるかも知れん。大人にもなれ、恋も出来れば、嫁にも行けるかも知れん。
それでも、戦うのか?」
「だからこそ、戦うのです。」
和幸は、重い口を開いて言った。
「あの子を置いてか?万が一、カズ君が死ねば、あの子はどれ程悲しみ傷つく事か…」
「僕が死んでも…父さんが、楽園を築いて下さる。神領を、北の楽園のようにして下さる。
希美ちゃんも、ナッちゃんも…他のみんなも、楽園で幸福に生きられる。」
「周恩来…まだ、彼を信じているのか?」
「信じろ…そう、仰られたのは、あなたです。」
和幸は、そう言うと、もう一度、私の方を見つめた。
「爺じこそ…このまま、愛ちゃんを引き渡して良いのですか?あの日、トモちゃんが、ナッちゃんに見せたアルバムの子達…百合さんの幼い子達の姿は、そのまま、愛ちゃんが三諸島で産まされる混血児達の運命なのですよ。」
百合の子達…
神朝大宮社で過ごした日々の事を、百合は何一つ語らない。
私初め、周囲も決してその事に触れようとはしない。
一度だけ…
百合は、その時の事に少しだけ触れた時がある。
菜穂が和幸の子を産み、どうしても自分で育てたいと言った時であった。
百合は、一冊のアルバムを胸に抱きながら、赤子を決して離すまいとする菜穂の側をうろうろし続けた。
何度も、そのアルバムを菜穂に見せようとしては、それができずにいたのである。
『百合さん、それ、見せて頂いてもよろしいですか?』
声を掛けたのは、智子であった。
百合は、何も答えず、アルバムを強く抱きしめたまま、口を引き結んで俯いた。
『私には、その中身は分かってます。よく分かっています。』
智子は、そう言うと、自分が片時も離す事のなかったアルバムを開いて見せた。
『これは…』
顔色を変える百合に、智子は大きく頷いた。
『美香ちゃんです。』
百合は、自らの抱きしめていたアルバムを智子に差し出した。
『これは、百合さんの子供達ですね。』
智子が、アルバムのページを開きながら言うと、百合は声を上げて泣き崩れた。
『可哀想に…百合さんの子供達…まだ、オムツが外れて間もないうちから、こんな目に…可哀想に…』
智子もまた、止めどなく涙を溢れさせた。
『これ、お借りしても…ナッちゃんにお見せしてもよろしいですか?此処で産んだ子を、此処で育てる意味を、教えたいと思います。』
智子が、アルバムを見終えて言うと、百合は尚も泣き続けながら頷いた。
「心を決めて頂けませんか?」
和幸は、相変わらず冷たく光る眼差しを向けて言った。
「心を決める?」
「権宮司様のお言葉をお借りすれば、和邇雨一族をぶっ壊すべきです。
ただし…
逓信と運輸を領民に委ねたくらいでは、実現不可能ですけどね…」
「革命か…」
「爺じが決起し、権宮司様がのって下されば可能です。」
「神領の領民を巻き込んでか?罪なき人々の暮らしを破壊し、命を奪ってか?」
「革命に犠牲はつきもの…」
「その犠牲に、真っ先にさせられた、鱶背社領の紅兎…目明組(めあかしぐみ)達が全滅したな。それで、誰か幸せになれたのか?紅兎の事も、革命の事も何も知らぬ鱶背社領の白兎達には、何故居なくなったのか、死んだのか、殺されたのかもわからぬ黒兎達への悲しみだけが残ったぞ。赤兎のコトちゃんは、去年死んだ。最後まで、既に死んでる平次君達が、北の楽園から迎えに来て、チマチョゴリを着せてくれるのを楽しみにしてな。
死ぬ直前まで、大勢の男達に寄ってたかって弄ばれ、御祭神を破裂させて、苦しみながら悶え死んだそうだ。」
私が言うと、和幸は一瞬眉を顰めたが、また、あの無表情な顔に戻って、その場を去って行った。
菜穂・朱理と雪絵の、希美を取り合う白熱の戦いは続いていた。双方、一歩も譲らず、自分達と遊ぶのだと、歯を向き出し、今にも掴み合いそうな状況であった。
「ねえ!リュウ君も何か言ってやって!私達、希美ちゃんと遊んであげる為に、一睡もしないで、新しい羽子板と鞠を作ってあげたんだからね!」
「いや…作ったのはおいらで、ユキ姉、いびきかいて寝てたし…」
「ほらっ!リュウ君!リュウ君ってば!どうして、あなたっていつもそうなの!内気で、物怖じして、大人しくて、私がいないと、思ってる事何も言えやしない!男なんでしょ!たまには、思ってる事、はっきり言いなさい!」
凄まじい女の戦いに、話を振られて目を丸くする竜也に…
「おまえ、内気でおとなしかったのか?」
秀行が、ボソッと横目を向けて尋ねた。
「まあね…ユキ姉に何も言い返せないのは確かだね。ヒデ兄は、亜美姉に何か言い返せるのか?」
竜也が逆に聞き返すと…
「そう言えば…参集殿の受付、いなくなったな…」
秀行は、答える代わりにそう言って、さっきまで由香里が番をしていた、参集殿受付所に向かった。
振り向けば、女の戦いは、更に白熱化してた。
「スゲェ…」
呟きながら、竜也は、このままずっと一日が、毎日が終わってくれれば良いと思っていた。
亜美を連れ去った鈴の音色…
次は、誰を連れ去って行くのだろう。
自分であれば良いと思う。
男好きの種付参拝に、自分が弄ばれている間、町の女の子達と同じように、みんな過ごせれば良いと思う。
それでも…
ふと振り向けば、片腕に赤子を抱き、もう片方の腕に、夢中になって乳首を吸う希美を抱く愛が目に留まった。
希美は、一応、十歳とされている。しかし、本当の年齢はよくわからない。ひょっとしたら、愛と同い年かも知れない。それでも、中身がまだ三歳以下だと言う希美を、愛は赤子と同じように可愛がっていた。
竜也は、思わず目尻を下げつつ、胸の疼きを覚えた。
一年前、参籠所…彼らの言う所の隠砦に籠るまで、愛は全裸で、神饌所玄関口に立たされていた。
兎神子の種付け参拝の作法は、まず、神饌所に入り鈴を鳴らす。社の誰かが出迎えたら、『御祭神様に、玉串を捧げに参りました。』と一声かけ、種付けたい兎神子の名が記された玉串と規定の玉串料を手渡す。すると、希望する兎神子と共に、神饌所奥の浴室に入り、互いの身体を清め合う。十分身体を清めあったら、種付部屋に通され、種付の祭祀が始められるのである。
しかし、赤兎に種付けるのに、その作法はない。
種付け参拝が訪れると…
『いらっしゃいませ、ようこそお詣り下さいました。どうぞ、ご参道にお通り下さい。』
赤兎は、両足を広げて座り、指先で参道の神門を押し広げてみせる。
もし、そのまま赤兎に種付を希望するなら、鈴を鳴らし、出てきた社の誰かに、一言、『参道に詣でさせて頂きます。』と言えば良い。
社の者が一言、『どうぞ、ご参拝を。』と返事をすれば、それで終わりであった。
浴室と種付部屋を使うなら、他の兎神子同様の玉串料を支払わねばならないが、連れ出して種付するなら、その必要もなかった。何処で何刻種付けしても、自由であった。
ふと懐に手を忍ばると、二つの羽子板が入っていた。昨夜、一晩かけて押絵を描いた羽子板である。
『リュウ兄ちゃん、あーそぼ。』
竜也は、羽子板を手にしながら、在りし日の愛の声が耳奥に聞こえて来た。
あの日も、愛は全裸で神饌所殿玄関口に立たされていた。
いても立ってもいられず、様子を見に来た時…
『いらっしゃいませ、ようこそお詣りに下さいました。どうぞ、ご参道にお入りください。』
丁度、数人の男達の前で、愛は脚を広げていた。
『やあ、愛ちゃん。今日も、可愛い参道に入らせて貰うよ。』
『でも、おじさん達、目が悪くて、参道の入り口がわからないなー。ちょっと、案内して貰えないかなー。』
『そうそう、指先でそうやって。愛ちゃん、案内上手になったじゃないか。』
愛は、男達に言われるままに、指先でそこを弄り回した。
『そうそう、その皮をめくって、突起を摘んで、転がすように揉む。上手い上手い、上手いぞ。』
『コイツ、いっちょ前に濡れてきてやがる。』
『でも、まーだ入り口がわからないなー。どれどれ、ちょっと探ってみるか。』
男の一人が言うと、愛の参道に指先を捻り込みだした。
『ウゥッ!』
愛が呻き出すと、男は満悦な顔をして、更に指先を中で掻き回しだした。
『アァァーッ!』
愛が、凄まじい声をあげる。
『ほらほら、ジッとしてろって。』
『そーら、段々気持ちよくなってきたろう?もっともっと、良くしてやるからな。』
別の男達が愛の手足を押さえつけると、男は一層荒っぽく指で掻き回した。
『キャーーー!』
愛は、首を振り立て、身を捩って声をあげた。
『愛ちゃん!』
竜也が、思わず中に駆け込むと…
『何だ、竜也じゃねえか。』
『ちょうど良い所に来たな。』
『鈴を鳴らす手間が省けたぜ。』
男達は言うなり、その場で褌を脱ぎ、愛にのし掛かり始めた。
『よせ!』
竜也が、思わず止めに入ろうとすると…
『何だ、竜也。赤兎への種付自由は、領民なら身分の上下関係なし、末端の乞食にまで認められた権利だぞ。』
『まあまあ、そう凄むなって。竜也だって、いくら男色共に女みてえに種付されても、中身は男だもんな。やりてえのは同じさね。』
『そこで待ってろ、おじさん達は、すぐ終わるからな。』
男達は、口々に言って笑い飛ばすと、褌の中から出した穂柱を、愛の表参道と裏参道と口の中に捻り込んだ。
『ウグッ…ウグッ…ウグッ…』
愛は、乱暴に三つの孔を抉られながら、涙目で呻き出した。
そうして、半刻半ほど過ぎ…
『さあ、竜也、おまえの番だぞ。』
『存分に楽しめよ。』
愛の中に存分に出し尽くした男達は、ニヤニヤ笑いながら、竜也の頭を撫でて、去って行った。
その場に横たわったまま、身動きとれない愛を前に、竜也はどんな言葉をかけてやって良いか、どうしてやって良いかわからず、ただ、涙ぐんでいた。
すると…
『はい、これ。』
漸く起き上がった愛は、何処からか羽子板を二つ持ってくると、そのうち一つを、竜也に手渡した。
羽子板には、美しい押絵が描かれていた。
『リュウ兄ちゃん、あーそぼ。』
「遊ぼうか…」
竜也は、あの日の愛の面影に向かって答えると、まだ、夢中になって愛の乳首を吸う希美の側に行った。
「きーみちゃん。」
竜也が声をかけると、希美が、乳首を咥えたまま、ニコニコ笑って、振り向いた。
「オッパイ貰えて、よかったね。」
希美は、一層、嬉しそうに笑って見せた。
竜也もニコニコ笑って返すと、懐から二つの羽子板を取り出して見せた。一つは、子犬の押絵の羽子板であり、もう一つは、子猫の押絵の羽子板であった。
「わんわん、にゃんにゃん。」
竜也は、犬猫の鳴き声を真似ながら、羽子板を交互に振って見せた。
「わー!カーイー!」
希美は、愛の乳首から口を離すと、二つの羽子板に魅入った。
「まあ!それ、リュウ兄ちゃんがこしらえたの?」
愛も、感嘆の声を上げた。
「まあね。昔、愛ちゃんに教わったのを思い出しながら、作ってみたよ。うまいもんだろう?」
「うん、凄く上手。可愛いわね。」
「だろ。」
竜也は、愛を真似て片目瞬きをすると、愛はクスクス笑いだした。
「わんわん、希美ちゃん遊ぼう。にゃんにゃん、希美ちゃんと遊びたいニャ。」
竜也は、再び希美に向かって羽子板を振りながら言うと…
「遊ぶ、遊ぶ。」
希美は、泳ぐように手を伸ばした。
「赤ちゃんにも、見せてあげよう。」
龍也は、希美に羽子板を手渡しながら、言うと…
「うん。」
希美は嬉しそうに頷き…
「赤ちゃん、わんわんとにゃんにゃん。遊ぶ、遊ぶ。」
と、口ずさみながら、手渡された羽子板を、赤子に向けて振って見せた。
赤子は、ケラケラと笑いだした。
釣られて、希美が笑い出し、愛が笑い出した。
龍也も、一緒に笑った。
「それにしても、まだ、やってるよ…」
竜也は、まだ、希美を巡って続けられている女の戦いに目を向けると、呆れた顔して言った。
「なんか、みんな変わらないね。」
愛も呆れた顔しつつ、しかし、何処か懐かしむように言った。
『愛ちゃんは、私達と羽子板と鞠付きをするのよ!』
『それから、ゴム跳びをして、縄跳びもするの!』
お転婆な町の女の子達を味方につけた雪絵が、ガンとして譲らなければ…
『何を言うでごじゃるか!愛ちゃんは、ナッちゃん達とお人形遊びをするでごじゃる!』
『そうよ!そうよ!それから、一緒に絵を描いて、アケちゃんの縫った着物を着せて貰うのよ!』
『ポーヤポーヤ、それから、一緒にお菓子も作って、ポニョポニョ…』
大人しくてお淑やかな?町の女の子達を味方につけた朱理と茜も、一歩も譲ろうとはしなかった。
当時は、今と違って、本当に大人しかった菜穂は、ひたすら、眉をしかめながら、朱理達の言葉に頷いていた。
『どっちでも良いじゃーん、早く遊ぼうよ。』
太郎達男の子がぼやけば…
『まあまあ、女の白熱した戦いってやつも、なかなかの見ものだ。しばらく、見物してようや。』
そう言って、貴之は、太郎の肩をポーンと叩いて、笑い…
『ねえ、リュウ君も何か言ってやって!あんた、男でしょ!愛ちゃんと遊ぶ為に、私達、みんなの分まで、羽子板と鞠を寝ずに作ったじゃない!』
『いや、作ったのはおいらで、ユキ姉は、ずっと煎餅食ってたし…』
『ポヤポヤ、マサ兄ちゃんも言ってやって!私達、ユカ姉ちゃんにバレては、頭を打たれながら、お菓子作りの準備してたポニョ~!』
『いや、バレたら速攻、茜ちゃんはトンズラして、殴られたの俺一人だし…』
政樹と竜也は、例によって、雪絵と茜に味方するよう強要されて、困り果てていた。
『もう!あんた達、いい加減、喧嘩はやめなさい!』
亜美は、喧嘩する双方に怒鳴り散らしつつ…
『あんた達、何ボサッと見てるのさ!男なんでしょう!何とかなさい!何とか!』
と…
何故か、貴之の頭ばかりを薪木でポカポカ殴りつけながら、男の子達を怒鳴り飛ばしていた。
『痛え!何で、俺ばっかり殴るんだよ!』
『この悪魔!ケダモノ!人でなし!昨日もサナちゃんにちょっかい出してたでしょう!許さないんだから!』
『おいおい!そっちかい!』
と…
そんなやりとりが延々と続く中…
当の愛は、身重で殆ど一人で歩けなくなった早苗の所に、竜也が一晩かけて作ったと言う羽子板の山を持ってきて、何やら始めだした。
『まあ、可愛い。』
早苗は、和幸と秀行が交代で押す、兎を象り、両脇に無数の楓を彫刻された箱車の中で、ニコニコ笑って眺めだした。
和幸と秀行は、感心深げに見つめている。
やがて…
愛が、出来上がったものを早苗に手渡すと…
『わあ!可愛い!』
『それ、愛ちゃんが書いたでごじゃるかー!』
『愛ちゃん、凄いわねー。』
『ポヤポヤ、ポニョポニョ…』
それまで喧嘩していた女の子達が、一斉に周りに集まって、感嘆の声をあげた。
『赤ちゃん、愛ちゃんがね、とっても可愛い押絵を描いてくれたのよ。産まれてきたら、お母さんと一緒に見ようね。』
早苗は、お腹の子にそう言うと…
『坊や、よしよし。良い子良い子。お母さんと一緒に遊びましょうね。』
愛に手渡された羽子板を抱きしめ頬擦りした。
そこには、可愛い男の子の赤子が、スヤスヤ眠っている押絵が描かれていた。
『ねえ、みんなも、愛ちゃんと一緒に、羽子板に押絵を描かない?』
早苗は、ひとしきり、本物の赤子を抱くように羽子板を抱いて頬擦りした後、皆に向かって言った。
『賛成!』
『ねえ、愛ちゃん、私達にも描き方教えて。』
『お願い。教えて、教えて。』
女の子達も一斉に声を上げて言った。
すると…
『嫌よ。私、喧嘩する人嫌いなの。』
愛は、プイッとそっぽ向いて言った。
『そんなー…』
忽ち、女の子達は、しょんぼり俯いた。
『みんな、喧嘩ばかりするから、もう遊ばない!』
愛が更に言うと…
『ごめんでごじゃる…もう、喧嘩はしないでごじゃる…』
『ポニョポニョ…』
朱理と茜は、ベソベソと泣き出した。
『愛ちゃん、ごめんなさい…』
『もう、喧嘩しないから…仲良くするから、許して、お願い…』
雪絵と菜穂が言うと…
『ごめんなさーい。』
女の子達も、一斉に悲しそうな声を上げて、頭を下げた。
『どーしよーっかなー。』
愛が、まだ、そっぽ向いて言うと…
『私からもお願い。許してあげて。』
早苗が、羽子板を抱きしめたまま、優しく笑いかけ…
『ねえ、赤ちゃん。愛ちゃんは、とっても優しい子ですものねー。きっと、みんなと遊んでくれるわよねー。』
お腹の赤子を愛しそうに撫で撫でしながら言った。
『しょうがないわね…』
愛は、漸くみんなの方に振り向くと…
『みんな、もう喧嘩しないで、仲良く遊ぼうね。』
と、実に大人びた口調で言いながら、ニッコリ笑って片目瞬きをして見せた。
「何か、こうしてみると…時間が止まっているみたい。」
愛は、飽きもせず続けられている女の戦いを眺めながら言った。
「本当に、止めてしまいたいさ。」
竜也は、愛の腕の中で笑う赤子と、赤子をあやして笑う希美を見つめながら、寂しげに言った。
「リュウ兄ちゃん…」
愛が首を傾げると…
「いや、何でもないさ。」
竜也は、慌てて笑顔を戻した。
やがて、赤子は何処かに貰われ…
愛は三諸島に連れ去られ、更なる地獄の日々を迎える事になる。
そして…
今は元気だが、希美に残された時間は、二ヶ月を切ってしまっている事を、竜也も知っていた。
竜也は、今にも溢れ出しそうな涙を、必死にこらえていた。
失いたくない…
赤子も…
愛も…
希美も…
この平和なひと時も…
と…
竜也は、不意に、彼方に目を止めた。
和幸が立っていて、ジッとこちらを見つめている。
『カズ兄…』
和幸は、竜也が見つめ返した事に気付いてか気付かずにか、プイッと後ろを向いて、去って行った。
その時…
「まあ、可愛いでごじゃるーーーー!」
希美が手に持つ羽子板に目を止めて、朱理が声を上げた。
「本当、可愛い!」
菜穂も、続けて声をあげた。
「お母さん、わんわん、にゃんにゃん。」
希美は、トコトコと菜穂の側に寄って行くと、羽子板を振って見せた。
「それ、どーしたの?」
菜穂が、希美の頭を撫でながら言うと…
「えっへん!どーじゃー、凄いじゃろー!」
雪絵は、先の茜同様、菜穂にではなく、朱理に当てつけて、鼻の下を指先で擦りながら言った。
「ユキ姉ちゃん…」
すかさず、朱理が振り向き睨みつけると…
「私の真似して酷いでごじゃるーーー!」
またしても、出鼻を挫くように、雪絵は、朱理を真似て、(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾←こう言う顔して言った。
朱理は絶句して、*1⊃))←こう言う顔になった。
「これね、昨夜、私とリュウ君で寝ないで作ったのよ。」
雪絵は、構わず得意げに言った。
「だから、作ったのはおいらで、ユキ姉は寝てたじゃん…」
竜也がぼやきながら、もう一度、和幸がいた方を見つめた。
和幸は、既に姿を消していた。
『目明祠…』
竜也は心の中で呟くと、双眸を鋭く細めた。
「ほーら、他にもこんなに作ったのよ。」
雪絵は、年下の恋人の顔つきが急に変貌した事にも気付かず、更に、竜也と二人で作ったと言う、厳密には竜也一人に作らせた作品の山を広げみせた。
「わー、カーイー。」
希美は、リス、兎、熊…その他、いろんな押絵の描かれた羽子板に、目をキラキラさせた。
「そー言えば、愛ちゃん、切り絵も上手だけど、押絵も上手なのよね。」
菜穂が言うと…
「そうそう、愛ちゃんの押絵は、凄いでごじゃるよー。」
朱理も続けて言った。
「そうだわ!ねえ、久し振りに、愛ちゃんと一緒に押絵を描かない?」
「良いわねー。実は、まだまだ描けてない羽子板、たくさんあるのよ。」
雪絵も言い…
「描くでごじゃる、描くでごじゃる!」
朱理も、飛び上がって賛成した。
すると…
「嫌よ。私、喧嘩する人嫌いなの。」
愛は、プイッと、そっぽ向いて言った。
「みんな、喧嘩するから、もう遊ばない!」
「そんなー」
忽ち、みんなしょんぼり俯いた。
「ごめんで、ごじゃる…もう、喧嘩しないでごじゃる…」
朱理は、忽ちベソをかきだした。
「愛ちゃん、ごめんなさい。もう、喧嘩しないわ。」
「仲良くするから、許して…」
菜穂と雪絵も、今にも泣きそうな目をして言った。
「どーしよーっかなー…」
愛は、言いながら、チラッと皆の方を見た。
すると…
「遊ぶ…」
希美が、愛の袖を引っ張りながら、鼻を鳴らして、目に涙を浮かべ出した。
「ホギャ…ホギャ…」
続けて、赤子もグズつきだした。
「本当にごめんでごじゃるーーー!」
朱理の方は、希美より早く、本泣きになり始めていた。
「しょうがないわね。それじゃあ、みんな、もう喧嘩なんかしないで、仲良くするのよ。」
愛は、大人びた口調で言うと、にっこり笑って、皆の方に振り向いた。
すると…
「はーい!」
全員、満面の笑みで手を挙げる中…
『あれ?』
愛は、竜也が姿を消してしまった事に気がついた。
『何処に行ったのかな?』
さっきまでの喧嘩が嘘のように、仲良く無地の羽子板を皆で分け合う中…
愛は、辺りを何度も見回しながら、竜也の姿を探し求め続けた。
*1:⊂((〃≧⊥≦〃