サテュロスの祭典

少女ヌード写真の愛好家です。規制法が緩和され、少女ヌード写真美術復興と新作発表を目指し、果たされた暁には、設定年齢と同年齢の子役起用しての完全ノーカット無修正の実写化目指した小説を執筆します。茶化し冷やかし大歓迎、鋭いツッコミはお手柔らかにお願いします。#少女愛 #少女ヌード #西村理香 #力武靖 #清岡純子

彼方

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遠く見つめる貴女の眼差し…
見つめる先は何処にぞ…

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恋する少女のまだ見ぬ想い人…
遥か未来の見果てぬ夢…

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いいや、きっと…
眠るアリスの…
紅茶とケーキを嗜みながら…
翔る兎を愛でる甘い夢…

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おやすみ…
無垢な天使…
汚れなき天使…
束の間にして永遠なる…
我が愛しき天使よ…

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お知らせ

僕の創作小説、『紅兎』をお読み下さり、ありがとうございます。
ところで、現在執筆中の『想望編』まだ続くのですが、コロナの影響で次回作を延期せざるを得なくなりました。
それと言いますのも、次回作は、市場に出かけた由香里と里一の一日を描くエピソードとなるのですが…
これを書くには、市場の取材をする必要があります。
市場がどんなところであるかは、動画や写真を見てイメージを膨らませれば良いだけなのかも知れませんが…
由香里と里一のラブコメに、僕はかなりの思い入れがあります。
僕が描きたい事を描くには、どうしても、実際の市場を見て、イメージを膨らませる事が、僕にとりましては、どうしても必要なのです。
皆さんに喜んで頂きたい事は勿論ですが、僕自身、由香里と里一と言うキャラ、また、二人の間抜けな恋愛が大好きであり、何としてでも、僕自身が満足できるエピソードに仕上げたい。
しかし、このコロナの影響で、当面、実際の市場を取材に行くのが難しい現状となっております。
そこで、『想望編』は、ここでしばらく延期して、もっと先の話を書きたいと思います。
『想望編』の次の作品も、『想望編』を書きながら、イメージを膨らませたり、いろんな本を読み、取材しながらストーリーを練る予定でしたので、書ける部分だけを飛び飛びな書き方をするかと思います。
大変、読みづらくなるかとは思いますが、僕としては、ブログの更新は止めたくなく、また、先の話も、僕の頭の中で新鮮なうちに書き綴りたく思います。
一つ、お付き合い頂ければ、幸に存じます。

紅兎〜想望編〜溜息(3)

また、食材が激減している。
『また、あの子達ね!』
一瞬、眉に皺寄せ口をヘの字にした由香里は、しかしすぐに笑顔になった。
犯人は決まっている。
今頃、由香里の裏をかいてくすねた食材で、どんなお菓子を作ろうか、政樹と茜は話に花を咲かせてる事だろう。
そうして、作るお菓子が決まったら、茜は目を三日月にして笑顔を浮かべ、上半身裸になって唇を求める。
政樹も満面の笑顔で唇を重ね、小ぶりで可愛い乳房を愛し気に揉みながら、ゆっくりと茜の帯を解き、既に脱ぎかけた着物を完全に剥いでゆく。
こうして、二人の甘く暖かな、長い冬の夜が始まってゆく。
姿を消したのは、南瓜に芋に人参…
小豆に餅米はわかるのだが…
長葱に白菜まで持ち出して、何を作ろうと言うのだろう…
『しょうのない子供達…』
由香里は、今頃、明日作るお菓子に胸をときめかせながら、全裸で絡み合う政樹と茜に思いを馳せて、クスクスと笑い出した。
二人の前では、顔を真っ赤に怒って見せるが、実のところ、二人がどんなお菓子を作るのか、一番楽しみにしてるのは、由香里なのかも知れない。
市場で買い出しに出かける時も、これから作る料理の他に、二人が作るお菓子の事も、気持ちの何処かで考えながら食材選びをしている。
こうして、激減してしまい、最初に考えていた料理を断念しながら、残された食材で何を作るか考えるのも楽しみなのだ。
「ねえ、里一さん、明日は何を作ろうかしら…」
由香里は満面の笑みで振り向くや、思わず溜息を漏らした。
残された食材で、献立を編み出すのが得意な彼が、そこにいない。
忽ち、権と兎達が帰ってきた日の事を思い出して、涙が溢れて来る。
『私ったら、何て馬鹿な事をしてしまったのだろう。』
由香里の胸に後悔の念が込み上げ、涙が溢れてくる。
里一に嫌われてしまった…
浅はかな事をしたばかりに…
産まれて初めて胸を熱くした男なのに…
振り向けば、いつもそこにあった盲目の笑顔は、二度とやって来ない。
残された食材を前に、次々と素敵な献立を読み上げてくれる事も二度とない。
『里一さん…ごめんなさい…ごめんなさい…』
由香里は、両手で目を覆うと、一人声を押し殺してシクシク泣き出してしまった。
心地よい…
亜美は、秀行に抱かれながら思った。
何て暖かく…
何て安らかなのだろうと思った。
強靭巨躯な秀行は、怪力無双なのとは裏腹に、床の中では繊細で優しかった。
乳房を揉み、乳首を吸う時も…
全身に唇を這わせ、撫で回す時も…
まるで壊れ物を扱うようであった。
特に…
暫し、唇を重ね、舌を絡ませあった後…
「アンッ…アンッ…アーン…」
亜美は、秀行が首筋に唇を這わせながら指先で股間を弄り出すと、甘えるような声をあげた。
秀行は、種付け参拝に訪れる、荒くれ達のように、乱暴に指を挿れて掻き回すような真似はしない。
雛鳥の頭を撫でるように、優しく参道の神門を撫で回し、先端の神核を指先に転がす。
たまに、それがくすぐったくて、笑いそうになる時もある。
また…
「ねえ…剥いても良いのよ。直接、触られても平気だから…」
亜美が幾ら言っても、秀行は神核に触れる時、未だに剥く事をしない。
包皮越しに、そっと指先に触れて来るのだ。
十一歳で引き取られたその日から、田打でいきなり乱暴に包皮捲られ、直に神核を抓りあげられてきた亜美には、少々物足りなく思えなくもない。
しかし…
「アァァーッ…」
秀行が、胸元まで辿り着いた唇に乳首を含ませ、これまた優しく丹念に舐め回しながら、更に包皮越しに神核を転がすと、亜美は一段と声をあげた。
一瞬、手足の指をピンと突っ張らせながら、次第に全身の力が抜けてゆく。
心地よい…
何て心地よいのだろう…
脳を直にくすぐられながら、全身羽毛に包まれ、宙に浮かび上がるような感覚にとらわれる。
同時に…
『ふふふ…ヒデ兄ちゃんったら、相変わらずね…』
秀行の背中に腕を回して触れてみると、案の定、震えている。
秀行に始めて抱かれた十四の時。
以来、四年も肌を重ねているのに、大きな身体して力持ちの彼が、自分の半分もないか細い身体に、未だおっかなびっくり触れてくる。
亜美は、そんな秀行の事を、可愛いなと思う。
そうして…
参道が充分に潤ったのを見計らうと、秀行はもう一度唇を重ねながら、怒張した穂柱を押し当てた。
その時も、決して荒々しく入れる事はせず滑らかに入れ、しなやかに腰を動かしてゆく。
「アンッ…アンッ…アンッ…アンッ…」
亜美も、秀行の動きに合わせて、腰を跳ね上げる。
やがて…
「アーーーーーーーーンッ!!!!」
大きく腰を浮かせて、高らかな声を上げる亜美の中で、秀行は絶頂を迎えた。
暖かな刈穂がとめどなく注ぎ込まれ、下腹部から全身に言葉に尽くせぬ温もりが広がり、頭の中が真っ白になる。
何と心地よく…
何と安らかなのだろう…
暖かい…
暖かい…
身も心も蕩けそうになる。
至福の瞬間…
永遠に続けば良いのに…
しかし…
秀行は、刈穂を放ち尽くすと、亜美の乳房を弄りながら、ジッとその顔を見つめた。
「どうしたの?もっとしたい?しても良いよ。」
亜美は、乳房を撫で回してくる大きな手を抱き締めながら、ニッコリ笑って言った。
男達の中では、秀行しか見る事のできない優しい笑顔である。
「元気…ないな?」
秀行は、彼をよく知る者にしか感情の読み取れない眼差しを向けながら、喉から絞り出すような声で言った。
「ユカ姉の事…気になるか?」
亜美は答える代わりに溜息をついた。
そう…
コトを終えた途端、急に由香里の気落ちした顔を思い出したのである。
亜美は、秀行と至福の時を過ごす程に、同じ至福を由香里にも味あわせたいなとよく思う。
十一の時から、かつての神職者達や顔役達、種付参拝達に弄れ続けた由香里は、未だ本当に愛する人に抱かれた経験がない。愛する男に抱かれるとは、どう言う事なのか、見当もついてないだろう。
そもそも…
歳下の兎神子達を庇う事に必死で、男を愛するゆとりなどなかったのだ。
その由香里が、初めて人を愛した。
何とか、結ばせてやりたいと思い続けて、遂にその機会が訪れた。
それが…
「男と女を…くっつけよう…何て…君にしては…珍しい事を…したな。」
秀行が言うと、亜美はまた、大きな溜息をついた。
自分では、練りにねった計画だと思っていたのだ。
『全く!マサ兄ちゃんも、茜姉ちゃんも、何考えてるのかしら!あんな風にされたら、くっつくものもくっつけないわ!』
いつだったか、例によって、里一と由香里を囃子立てる政樹と茜を見て、菜穂は怒り心頭になっていた。
『里一さんも、ユカ姉ちゃんも繊細なのよ!マサ兄ちゃんや茜姉ちゃんとは違うんだって、何でわからないのかしら!』
『でも、今のまんまじゃ、あの二人、千年経っても何も起きないのも確かよ。ねー、リュウくん。』
『だねー。』
側では、雪絵と竜也が鞠付きをしながら、ぼやくように言って溜息をついていた。
すると…
たまさか、そこに居合わせていた亜美は、菜穂にそっと手招きしてみせた。
『なーに、亜美姉ちゃん…』
小首を傾げて側による菜穂に…
『ねえ、里一さんとユカ姉ちゃんの事だけど…』
『うん。』
『良い方法、思いついたんだけど…協力してくれない?』
そっと、耳打ちして言った。
「その方法が…風呂場で二人きりにか…君も…いざとなると …やる事が大胆だな…」
亜美は、また大きく溜息をつくと、押し黙ってしまった。
うまく行くと思ったのだ。
二人はどちらも、男女の関係になりたがっている。
見てれば、政樹と茜でなくてもすぐにわかる。
ああ言う二人ほど、大胆なきっかけさえできれば、行動も大胆になるのだ。
二人きりで、裸にして仕舞えば、後はもう速攻で抱き合うだろう…
亜美はそう確信して疑わなかった。
菜穂も同意見だった。
政樹と茜のように、外野でわいわい騒げば萎縮してなかなか行動に移せない。
しかし、二人きりで、そう言う状況になれば、驚く程、すんなりなるべきようになるだろう。
十一の時…
羞恥心が強く、隠砦で初めて男の子達の前で裸にされてしまった時、泣いていてばかりいた菜穂もそうだった。
初めて此処に来て、初めて顔を見た瞬間から、恋い焦がれていた和幸と、二人きりになった時、当人も驚く程あっさり身体を開いてしまったのだ。
里一と由香里もきっと…
そして、思いもかけず、その機会が訪れた。
権を探しに出かけた里一が、何処で何をしていたのか、泥まみれになって帰ってきたのだ。
しかも、兎神子達は皆、権と兎達に夢中に気を取られ、里一と由香里を冷やかすどころではない。
二人を隠砦に閉じ込めるのは今だ…
「だが…上手くゆかず…落ち込んでるわけか…」
亜美は、潤んだ眼差しを秀行に向け、唇を噛み締めた。
「どうした…?」
秀行が、今にも涙を溢れ出しそうな亜美の頬を撫でながら言うと…
「愛ちゃんの床上げのお祝いした次の日なんだけどね…」
亜美は漸く重い口を開き始めた。
「愛ちゃん、何かの話の流れで自分が着ていた花嫁衣装をユカ姉ちゃんに着せたの。どうしてだったかな…」
「ユカ姉に…花嫁衣装…」
秀行は呟きながら、微かに口元を動かした。
「あ、笑ったでしょう。」
亜美が思わず眉を寄せて口を尖らせると…
「いいや…」
と、言いつつ、また秀行は口元を微かに動かした。
「やっぱり笑ってる!」
亜美は、益々口を尖らせると、秀行の頬を軽く抓って見せた。
すると、秀行の眼差しが微かに優しげになり、今にも泣き出しそうだった亜美も、忽ち破顔して、吸い込まれるように唇を重ねた。
最も…
これも、亜美だからわかる事であって、他人が見れば、口元を動かした時も、眼差しが優しげになった時も、秀行は無表情にしか見えないのだが…
一頻り唇を重ね合わせ、肩を抱き合うと…
「花嫁衣装を着るユカ姉ちゃんを見て、愛ちゃんとサナちゃんが言ったんだ。とっても綺麗、素敵だってね。」
亜美は、重ねた唇を離すと、秀行の顔を上から見つめて言った。
「それから、いろんな話になってね。最後に、サナちゃんが言ったの。本物の祝言が見たいってね。そうしたら、愛ちゃんも、ユカ姉ちゃんの祝言が見たいって言ったのよ。」
「だから…見せてやりたいのか?」
秀行が言うと、亜美は一度は収まりかけた涙を、ハラハラと溢れさせた。
「だって、あの子達…もうすぐ…」
亜美は言いかけると…
「アッ…アンッアンッアンッ…」.
不意にまた、小さな喘ぎ声を漏らした。
秀行が、下から亜美の乳房を弄り、乳首を吸い出したからである。
「男と女は…誰かが…引っ付けようとして…引っ付く…ものでも…あるまい…」
秀行は言いながら、乳房を弄る片方の手を亜美の参道に回し、今度は神核を優しく愛撫し始めた。まだ、秀行の放ったものでヌルヌルと濡れているそこは、更なる湿り気を帯び始めた。
「アッ…アッ…アッ…アッ…」
喘ぐ亜美の鼓動が次第に早く脈打ちだす。
「男と女とは…ごく自然に…結ばれるもの…だろう…僕と…君のように…」
「ヒデ兄ちゃん…」
「心配….するな…あの子達は…何処へも行かん…ずっと…君の…側にいる。」
秀行が言うと、亜美は満面の笑みを浮かべてまた唇を重ね、二人はそのまま再び重なりあった。
「えっへん!どーじゃ、凄いじゃろー!」
朱理は、今宵も着せ替え人形替わりに、希美を着付け終えると、鼻の下を指先で擦りながら、得意満面に言った。
「えっへん!どーじゃ、ちゅごいじゃろー。」
希美も、縦鏡に映る自分の姿を前に、朱理を真似て鼻の下を指先で擦りながら、ご機嫌であった。
今回の着物の見せ所は、狐の毛皮である。
と、言って、本物の毛皮を使ったのではない。何処からどう見ても狐の毛皮に見えるような色に染め上げた生地で仕立てたのである。
帯も同様で、後ろの結び目は狐の尻尾に見え、正面にには、権が土産に持ち込んだ、松ぼっくりで作った帯飾りが吊るされていた。
希美の頭には、赤い狐の面が横向きに被されている。
昔、同じような着物を、兎で仕立ててあげ、早苗にとても喜ばれた事があるのだが…
「かーいー、かーいー。」
希美にも結果は上々で、大はしゃぎであった。
殊に…
「コンコン、みやげ、みやげ、かーいー、かーいー。」
松ぼっくりの帯飾りを、一番お気に召しているようだ。
「うんうん、凄く可愛いでごじゃるよー。」
喜ぶ希美を見て、嬉しそうに何度も頷く朱理の帯にも、色違いお揃いの紐で同じ飾りが吊るされている。
作ったのは秀行であった。
兼ねてより、秀行は、和幸と菜穂と朱理と、三人色違いお揃いの飾り物をよく作ってあげていた。
色もそれぞれ決まっていて、和幸が青、菜穂が赤、朱理が朱である。
そして、今回、権は籠いっぱいの松ぼっくりを拾ってきたので、希美をはじめ、社の住人全員分の帯飾りも作っていた。
因みに、希美の色は桃色であった。
「お姉ちゃんも、かーいーねー。」
「そうでごじゃるか?」
「うん。かーいー。」
希美が言うと、朱理はニマーッと笑って見せた。
と…
「ナッちゃん、どうしたでごじゃるか?」
朱理は、不意に、側でぼんやり天井を眺めている菜穂に目を留め首を傾げた。
「どちたで、ごじゃるか?」
希美も、朱理の真似して首を傾げた。
いつもの菜穂であれば、一緒に縦鏡の前に立ち、お揃いの帯飾りを眺めて喜んでいる筈であった。
それが、今宵はどうしたわけか、心ここにあらず、溜息ばかりついているのである。
「里一さん、ユカ姉ちゃんの事、どう思ってるんだろう…」
菜穂は、天井を見上げながら、呟くように言った。
「勿論、惚れてるでごじゃろう。」
「惚れてる、ごじゃろう。」
朱理と希美が、口を揃えて言うと、菜穂は大きくかぶりを振り…
「ううん!だったら何で!何で、ユカ姉ちゃんと!
明日は、とことん問い詰めてやるんだわ!」
突然、声をあげたかと思うと、拳を握りしめて立ち上がった。
厨房を逃げるように飛び出した里一は、宮司屋敷の門前に立ち尽くし、大きな溜息を一つついた。
早朝…
厨房には、始終気まづい空気が漂っていた。
由香里はがっくり肩を落とし、溜息ばかり吐いていた。
側で政樹と茜がお菓子の材料を物色しようと、竜也と雪絵がつまみ食いしようと、まるで気づかぬ風であった。
理由はわかっている。
わかっているだけに、声をかけるに掛けられず、里一も無言で惣菜作りと汁物作りに取り組み続けていた。
そこへ、菜穂と亜美がやって来ると、二人の視線が思い切り刺してくる。
幸い、朝食が終わると同時に、亜美には種付参拝が訪れたのでその場を去って行ったが…
今にも泣きそうな由香里と、鬼の形相の菜穂の視線に、針の筵であった。
里一は、いつまで考え込んでも仕方ないと思い、足元に置かれた物に手を伸ばして、また溜息をついた。
「おーい!また、あっしに掃除押し付けて、酷いでござんす!」
「まあまあまあ…」
「ポニョポニョポニョ…」
「あっしは、めくら何でござんすよ!」
「それは大変ねー。」
「辛い辛いポニョ~。」
「少しはいたわっておくんなせぇ!」
「わかったわ!それじゃー。」
「いくポニョ~。」
里一の伸ばした手元には、雪絵と茜が『せーの!』と割って見せた薄板と、二人に押しつけられた箒と塵取りが置かれていた。
リュウ君、今日も新しい鞠付きの練習よ!」
「マサ兄ちゃん、ユカ姉ちゃんが買い出しに行く隙に、お菓子作るポニョ!」
二人が、銘々、子分…ではなく、恋人を引き連れ、遊び始める声が、遠からぬ場所から聞こえて来る。
すると、不意に背中から刺すような視線の気配を感じた。
「そこにいなさるのは、菜穂さんでござんすね。」
「菜穂さんでござんすじゃないわ!」
そっぽ向いて言う菜穂は、頗る不機嫌であった。
「どうしたでござんすか?今朝も呑んだくれ和幸さんに、バケツの水を掛けまくって、まだ怒りがおさまりやせんか?」
里一が苦笑いして言うと…
「私、里一さんに怒ってるの。」
「えっ?あっしに?」
「ユカ姉ちゃん、一人で市場に行かせる気?」
菜穂が眉を顰めて言うと…
「仕方ござんせん。これですから…」
里一は、手に持つ箒と塵取りを差し出して言った。
「もう!里一さんって、どうしてそうなの!」
菜穂は遂に業を煮やしたように声を上げた。
「そんなんだから、せっかく隠砦で二人きりにさせてあげたのに、何にもできないのよ!」
「やっぱり、そっちでござんしたか…」
里一は、頭を掻きながら、困ったような苦笑いを浮かべた。
「私と亜美姉ちゃん、バケツと薪木を片手に、マサ兄ちゃんと茜姉ちゃんが覗かないようずっと見張っててあげたのよ!なのに、お風呂で身体洗いあっただけで、なーんもしなかったって言うじゃない!」
そう…
菜穂の不機嫌な理由は、此処にあったのだ。
権と兎達を連れ帰った日、菜穂と亜美は気を利かせて隠砦の湯を沸かし、里一と由香里を二人きりにした。
覗きが大好きな政樹と茜を、始終見張ってもいた。
今度こそ、二人を男女の仲にしてやろうと言う思いからである。
しかし、結局何も起こらなかった。
由香里は、その気十分であった。
ところが、里一は身体を洗われている間中、固まっていた。
由香里の背中を流し始めると、手の震えが止まらなくなった。
業を煮やした由香里は、遂に自分から行動を起こし、里一の手を乳房に運んだ。
すると、里一は、顔を耳朶まで真っ赤にし、慌てて手を引っ込めて逃げ出してしまったのである。
「全く!その話聞いた時、私、里一さんが本当に男なのか疑っちゃったわよ!それで、ユカ姉ちゃんに聞いちゃったわ!里一さんに、ちゃんと穂柱と穂袋ついているのってね!」
菜穂が怒り心頭に言い放つと、里一は思わず咽せ込んだ。
「おいおいっ!そんな事、由香里さんに聞いたんでござんすか?本当に?」
「聞いたわよ!そーしたら、ちゃーんと、立派な穂柱と穂袋が付いていたって答えたわ!」
「勘弁しておくんなせぇよ…」
里一は、弱り果てたように身を縮こまらせた。
「とにかくね、里一さんは男何だかんだら、もっとしっかりなさい!
全く…そんなんじゃ、安心してユカ姉ちゃんを任せらんないじゃない!」
菜穂は、ますます弁舌爽やかに、人差し指を振りながら捲くし立て続けた。
「まずは、仕事押し付けるお兄ちゃんやお姉ちゃん達に、はっきり断る事!
里一さん、いつかは、ユカ姉ちゃんをお嫁さんにしたいんでしょ!」
「いや、その…お嫁さんとかは…」
「何?したくないの?ユカ姉ちゃんの事、好きじゃないの?嫌いなの?」
「いや、嫌いじゃあ…」
「もう!どっちなの?好きなの?嫌いなの?お嫁さんにしたいの?したくないの?どっちなの?」
「いや、その…なんと言うか…」
「しょうがないなあ!女の子はね、そう言うはっきりしないのが一番嫌いなの!
そんな事だとね、ユカ姉ちゃん、他の人に持って行かれちゃうわよ!」
「えっ!他にも、由香里さんを好きな方がいるんでござんすか?」
里一は、此処で急に慌てたように聞き返した。
「いっぱいいるわよ!ユカ姉ちゃん、とってもモテてるんですからね!」
菜穂は、腕組みすると、ツンと顎を突き上げて言った。
「そいつは、いってえ何処のどなたで…」
「関係ないでしょ!どーせ、里一さんはユカ姉ちゃんの事、何とも思ってないんでしょうからね!」
「いや、それは…」
「とにかく、此処でしっかり男を見せないと、女の子の気持ちなんて、すーぐ変わってしまうんですからね!」
「男を…で、ござんすか?」
里一は、また赤面して鼻の頭を掻き出し…
「そう!男を見せるの!って、言っても、此処で褌を脱ぐとかでなくってよ!」
菜穂がこう言い放つと、里一は益々耳朶まで赤くした。
「まずは、仕事を押し付けるお兄ちゃんやお姉ちゃん達に、きっぱり断る事!
良いわね!でないと、ユカ姉ちゃんと結婚なんて一生できないからね!お返事は!」
「へい…」
「声が小さい!」
「へい!」
昼少し前…
市場からの帰り道、由香里の足取りは重かった。
山のような買い出し荷物を担いだまま、幾つもの道を遠回りして、なかなか社に戻る気になれなかった。
今日も朝から、社の兎神子達は、それぞれの恋人と睦まじくしていた。
菜穂は、希美と二人困り果てた顔する朱理の前で、酔い潰れてる和幸に盛大にバケツの水をぶっかけていた。
政樹と茜は、コソコソ肩を寄せ合い、これから作るお菓子の事で話を弾ませていた。
亜美はしおらしく秀行に肩を抱かれていた。
雪絵は竜也といちゃつきながら摘み食いをしていた。
いつもなら、微笑ましく思える兎神子達の姿も、今は目にすると切なさに涙が溢れ出す。
何より…
里一と顔を合わせるのが辛い。
このまま、何処か遠くに行ってしまいたい…
そう思いながら立ち止まり、大きな溜息をつくと、あの日の光景が、また、脳裏を掠めた。
『里一さん、本当にありがとう。』
外から、赤毛の狐や兎達と遊ぶ子供達の笑い声が響く中…
隠砦の風呂場で、由加里は里一の背中を流しながら、何度も礼を述べた。
『あの子達、ゴンちゃん達が戻って来てくれて、あんなに喜んでるわ。』
『そ…そ…それは、ようござんした…あっしも、嬉しいで、ござんす…』
風呂場に裸で二人きりにされた時から舞い上がっている里一は、声を上擦らせて返事を返した。
『コンコン、かーいーねー、ぴょんぴょん、かーいーねー。』
外からは、また、希美の声に合わせ、愛の赤子のケラケラ笑う声が聞こえてきた。
由香里もクスクス笑いながら、また、里一の背中を流した。
ほっそりとした生白い肌…
それでいて、和幸のように女のような柔肌ではなく、がっしりとした体躯をしていた。
何より、身体中の切り傷が、これまでの荒々しい人生を物語っている。
由香里は、他の白兎達同様、紅兎を名乗る社の黒兎達の裏の顔も知らなければ、里一の修羅の人生も知らない。
ただ…
不具者の生存権を認めない神領において、盲目の彼が社領から社領を渡り歩きながら、今日まで生きる事を認めさせた人生の険しさは想像つく。
由香里は、そんな里一の人生に思いを馳せながら、胸を熱くした。
これからは、自分が彼の人生を支えて、穏やかなものにしてやりたい。
『さあ、今度はこっちを向いて。』
『えっ!あ…いや、あの、その…』
『ほら、早く。こっち向いてくれないと、前を洗えないわ。』
『いや、前はその、自分で洗えるでござんすから…』
『何言ってるの。今日は、里一さんの全身を洗ってあげるわ。だって、あの子達の為に、こんな煤汚れてしまったんですもの。』
言いながら、いよいよ顔を真っ赤に恥ずかしがる里一を自分の方に向け、由香里の鼓動が激しく高鳴った。
十一の時、前宮司神職者や神漏達に寄ってたかって弄ばれて以来、男の身体など腐る程見続けてきた。
男の身体のどの部分がどのようになっているか、細部まで知り尽くし、今更、裸で男と真正面に向き合ったからと言って動揺するものでもなかった。
だが、由香里とは裏腹に、恥じらう乙女の如く顔を真っ赤に身を縮める里一と向き合った時、突然激しく鼓動が高鳴りだした。
恥ずかしさと言うより、愛しさで胸がいっぱいになったのだ。
同時に…
里一には、自分がどう見えているのだろう…
美しいだろうか…
可愛いだろうか…
それとも…
社の兎神子達同様、痩せ狸に見えるのだろうか…
『里一さん…あの、私、綺麗?』
思わず口にした瞬間、由香里はハッとなった。
里一は見えないのだと言う事を思い出したのだ。
幸い、未だ舞い上がってる里一に、由香里の言葉は聞こえていなかった。
『しょうがないな…』
由香里は言いながら、里一に手拭いを持たせて、今度は自分が背中を向けた。
『それじゃあ、私の背中を洗って。』
『あっしが…で、ござんすか?』
『うん。お願い。』
『そ…それじゃあ…』
前にも増して舞い上がる里一の手の温もりが、手拭い超しに伝わってくる。
由香里は、目を瞑った。
見えぬなら、その手で自分の肌の温もりを感じて欲しい…
産まれて初めて愛した男に、自分の身体の隅々まで触れて感じて欲しい…
自分もまた、目ではなく肌で、彼の温もりを感じよう…
互いに洗い洗われて…
最後には肌を重ねて、唇を重ねて、二人で一つになるのだ…
男に抱かれる時の感触なら、十一の歳から嫌と言うほど味合わされてきた。
最初は震えが止まらぬ程恐ろしかった。
死んでしまいたい程恥ずかしかった。
引き裂かれる程痛かった。
締め挙げられる程苦しかった。
回を重ねるうちに、恐怖が消え、羞恥が消え、苦痛が消え、最後は何も感じなくなった。
ただ、醜いものが自分の中をすり抜けてゆく。
何か、醜いものがすり抜ける度に、自分も汚くなってゆく。
事を終えた後、何度も何度も身体を洗った時期もある。
もう自分は穢れた存在なのだと思った時、それすら感じなくなっていた。
ただ、機械的に何かが自分の中を通り抜けてゆく。それだけの事になっていた。
それが、心地よいとか、嬉しいとか、見当もつかなかった。
ところが…
和幸と智子が深い関係に結ばれた時、抱き合う二人の姿を初めて美しいと思う自分に驚いた。
政樹と茜が結ばれた時、可愛いと感じた。
雪絵と竜也が結ばれた時、愛しいと感じた。
智子と別れた和幸が、朱理や菜穂と結ばれた時、幸福を願った。
そして、亜美まで秀行と結ばれた時、初めて自分も男を愛してみたいと思うようになった。
里一と出会ったのは、そんな頃の事であった。
最初は、ただ、盲目なのに料理人顔負けの料理を次々と善に並べる彼に感嘆するばかりであった。
兎神子達が彼の料理の虜になるにつれ、嫉妬するようになった。
親切に手取り足取り調理を教えられ、一つずつ料理を覚えるにつれて、当初は素直に受け入れられなかった彼に少しずつ心を開いていった。
やがて…
後ろから手を握り、包丁の握り方や切り方、研ぎ方を教えてくれる彼の温もりに、尊敬とは違う感情が芽生え出した。
この人に抱かれてみたい…
同時に忘れかけていた羞恥心も芽生え出した。
彼の事を、そんな風に思う自分を恥ずかしく思い、赤面した。
これは、一方的な片想いだと思っていた。
自分何かに、こんな風に思われてる事を知られたら、迷惑がられると思っていた。
彼もまた自分を好きなのだと知った時、鼓動の高鳴りは頂点に達した。
抱かれたい…
あの、包丁の握り方を教えてくれた暖かな手の温もりを全身に感じ取りたい。
しかし、その想いを伝える事はなかなかできなかった。
増して、実力行使で押し倒す何て夢のまた夢であった。
政樹と茜に、囃立てられれば囃立てられるほど、赤面ばかりして、後退りしてしまっていた。
その思いが、漸く叶えられる。
『ねえ、同じところばかり洗ってないで、他のところも洗って。』
由香里は、千切れそうな程、激しく脈打つ鼓動の高鳴りを必死に押さえながら、声を振り絞って言った。
『他のところ…で、ござんすか?』
『そう。他のところ…』
由香里は言いながら、そっと里一の手をとった。
そして、自分でも驚く程、大胆な行動に出た。
その手を、まっすぐ自分の乳房の方に導いたのである。
里一は、金縛りに掛かったように、全身を固まらせた。
由香里は、更に里一の手を乳房に押しつけながら、唇を重ねた。
後は、抱かれるだけだと思った。
里一が、由香里の中に入り、二人で一つになるだけだと思った。
ところが…
『あっ…!』
里一は、一声上げたかと思うや由香里を突き放し、そのまま逃げ出すように、隠砦から飛び出してしまったのである。
どんなに遠回りしても、いずれは、着くべき所に辿りつく。
気づけば、そこは社の前であった。
由香里は、一層重くなる足取りで鳥居を潜り抜けると、今日もまた、山程押し付けられた仕事にてんてこ舞いな里一と境内ですれ違った。
「まあ!また…」
一瞬、声を上げ掛けた由香里は、そのまま押し黙り、俯いた。
里一もまた、由香里の気配に俯いた。
二人の間に、気不味い空気が流れている。
ここに菜穂がいれば…
『何、女の子に山のような荷物担がせてるの!里一さん、男でしょ!ユカ姉ちゃんの荷物、持ってあげなさい!』
と、思い切り里一の背中を押すところなのだろう。
或いは、政樹と茜がいれば…
『よう!お二人さん!』
『アツアツだポニョ!』
『この後は…』
『上から攻めて十回!』
『下から喘いで十回!』
『合計二十回は行けるぜ!』
『更に二十回、合わせて四十回は励むポニョ!』
と、二人が真っ赤になる程、冷やかし囃し立てるのだろう。
竜也と雪絵がいれば…
亜美がいれば…
しかし、その日は昼間から、兎神子達全員に種付参拝がついていた。
そう…
可憐な少女のような面差しに、滑らかな生白い肌、細っそり華奢な体躯の竜也は、かつての和幸に負けず劣らず男色家達の羨望の的であったが…
今日は、筋肉質で精悍な顔立ちをした政樹にまで、種付参拝が立て続けについたのである。
「あの、由香里さん…」
里一の喉の奥まで声がでかかったとき、由香里は唇を噛み締め、目にいっぱい涙を溜めて駆け出していた。
「成る程。お前達、やけに元気ないと思っていたら、そう言う事か。」
「親父さん…」
「お前達の間を取り持とうとして、返って気まずくさせて、アッちゃんとナッちゃんは落ち込んでるわけだ。」
祭祀を一つ終え、本殿を出ながら一部始終を見ていた私が声をかけると、里一は一度あげた顔をまた俯かせて溜息をついた。
「愛ちゃんが、お前達を心配していた。いや、苛々していたと言うべきかな…」
「愛さんが…で、ござんすか?」
「みんな、不器用過ぎて見てられないんだそうな…」
私は言いながら、懐から一枚の切り絵を取り出し、里一に触れさせた。
「これは、希美さんの作ったものでござんすね…花嫁の絵…」
「その隣は?」
「三度笠に引き廻し合羽、口に長楊子…これは…」
里一は言いながら、思わず顔を上げて見えぬ目を私に向けた。
「床上げ祝いの次の日、愛ちゃんはユカちゃんに、さりげなく自分が着ていた花嫁衣装を着せて、希美ちゃんに見せた。その後、いろんな話から、ユカちゃんが料理好きや世話好きな事に話題を持って行き、最期に結婚の話に持って行ったんだよ。
要するに、希美ちゃんの口から、ユカちゃんの結婚式が見たいと言わせる為にな。
その後、マサ君や茜ちゃんの口から、おまえとユカちゃんが想い合う中だって事を希美ちゃんの耳に入れさせて…
早い話が、希美ちゃんの無垢な態度や物言いで、おまえ達に早くくっついて欲しいと言わせようとしてたんだな。それも、いきなり率直に…ではなく、ゆっくりとな。
それを、何と言うのか…マサ君と茜ちゃんが、バカ丸出しに囃し立てるのは前からだが…短気なアッちゃんとせっかちなナッちゃんが、不器用に嗾けるから…」
「そう言う事でござんしたか…」
私の話を聞き終えると、里一は改めて、染み染みと希美の書いた切り絵を撫でまわした。
「それ、おまえに渡して欲しいと、希美ちゃんに頼まれた。あの子は、冗談掛け値無しに、おまえとユカちゃんが結婚するのを楽しみにしてる。それと、愛ちゃんもな。」
「希美さんと、愛さんが…」
「そうだ。もう、殆ど時間が残されてない二人がだ。」
里一は、無言で切り絵を撫で回しながら、また一つ大きな溜息をついた。
「話しは変わるがな。出産を終えて一月以上経ってるのに、愛ちゃんは、未だに思い出したように変な物を食いたがる。今度は、豆大福と羊羹を山程食べたいとか言ってたな…マサ君の目の前で、大声で…」
「えっ?」
「ユカちゃん、今日は一人で市場に出かけて、山のように買い出して来たのに…明日また、市場に行かねばならんだろうな。」
私は、言いながら、愛を真似て片目瞬きをして見せた。
翌日…
「里一さーん、御贄倉のお掃除お願ーい。」
「あっしには関わりねえこって…」
「里一さーん、お手洗いのお掃除お願いだポニョ~。」
「あっしには、関わりねえこって…」
<p style="text-align: left;">里一は、宮司屋敷の庭先を掃除しながら、矢継ぎ早に仕事を押し付けようとする兎神子達を、軒並み断り続けた。</p>
「お母さん、さっきから何ずっと里一さんばかり見てるんだ?」
宮司屋敷の風呂掃除を終えた和幸は、廊下を磨きながら、厳しい目つきで里一を見つめる菜穂に目を留めると、不思議そうに尋ねた。
「何ずっと、見てるんだ?」
和幸の隣では、愛の赤子をおぶる希美が、右手のハタキを適当に振りながら、例によって意味も分からず、首を傾げて和幸を真似て言った。
「まさか、僕より里一さんを好きになったとか…」
和幸が少し不安げに首を傾げると…
「さといっちゃん、好きになったか…」
希美が、また、ハタキを適当にふりながら、和幸と同じ顔して首を傾げた。
「そうかもねー。」
菜穂は、更に厳しい目で里一を見つめながら、上の空で答えた。
「だって、お父さん、お酒全然やめようとしてくれないんだもーん。」
「おいおい、そんな…」
和幸が、忽ち😨←こう言う顔になるのに目もくれず…
「里一さーん、洗濯…」
竜也が言い終えるのも待たず…
「あっしには、関わりねえこって…」
里一がきっぱり断るのを見届けると、菜穂は大きく頷いて立ち上がり、駆け寄って行った。
「里一さん、今日は男を見せたじゃなーい!偉い偉い!」
「そうでござんすか?」
「素敵だったわよ!私、惚れ惚れしたわ!」
菜穂が何度も頷きながら言うと、里一は照れ臭そうに頭を掻き、それを見ている和幸は、益々😨←こう言う顔になった。
「さあ!それじゃあ、今度は、ユカ姉ちゃんの護衛よ!」
「由香里さんの護衛?」
「そう!マサ兄ちゃんったらね、小豆ご飯作る為の小豆、全部餡子にして、豆大福拵えちゃったの!煮物やお浸しつくる筈だったお野菜も、ぜーんぶ、羊羹にしちゃってね!だから、また市場に買い出しに行かなきゃいけなくなったの!」
「何、政樹さん、またやらかしたんでござんすか…」
「そうなの!だから、護衛してあげてね。ほら、ユカ姉ちゃんって、大人しくて、お淑やかでしょう。どんな悪い奴に絡まれるかわかったもんじゃないからね。」
菜穂がニコニコ笑って言う後ろの厨房からは…
「こらーーーー!!!政樹!!!この悪餓鬼!!!!
市場で買い込んだ食材、全部豆大福と羊羹にしやがって!!!!姉ちゃん、また、市場に行かなきゃならないじゃないかーーーー!!!!」
「うわーーーっ!!!ユカ姉!!!勘弁!!!許してーーーーー!!!!ギャーーーーーーーッ!!!」
凄まじい物音と共に、由香里の怒鳴り声と、政樹の叫び声が同時に響いてきた。
「由香里さんが大人しくてお淑やか…成る程でござんすね…」
里一がボソッと言うと…
「お掃除、あとはお父さんが引き受けるから、ユカ姉ちゃんと行ってらっしゃいな。ほら!さあ!さあ!さあ!」
菜穂は、里一の持つ箒を取り上げて和幸に投げ渡すと、里一の背中をぐいぐい押して、厨房へと消えて行った。
「お掃除は、お父さんが引き受けるか…仕事を人に押し付けるな…じゃなかったのかな…」
和幸は、日頃、里一に仕事を全部押し付けるお兄ちゃんお姉ちゃん達を怒鳴りまくる菜穂の剣幕を思い出しながら、投げ渡された箒を見つめて溜息をついた。
すると…
「さといっちゃん、お姉ちゃん、結婚!結婚!お嫁さ。ちゃん、きれーねー。」
希美は、里一の去った方角を見て、満面の笑みを浮かべた。
「お嫁さん、綺麗って…ユカ姉がか?」
和幸が思わず😳←こう言う顔をして聞き返すと…
「うん!お姉ちゃん、お嫁ちゃん、きれー、きれー。」
希美は一層大はしゃぎして言った。
「成る程!ゴンちゃんが、痩せた狸の嫁さん貰ったら、さながら、あー言う似合いの夫婦になるだろう!」
和幸は、思わず吹き出して言うと、腹を抱えて笑い出した。
そこへ…
「誰が、痩せた狸の嫁さんだって?」
口を尖らせ怒ったように膨れつつ、目が笑っている愛が姿を現した。
「やあ、愛ちゃん。」
「今の話し、しっかり、ユカ姉ちゃんに伝えておくからね。」
「わっ!そいつは勘弁してくれ!それこそ、後で僕が狸みたいな顔にされちまう!」
和幸が、思わず😱←こう言う顔をして言うと、愛は今度は本当に声をあげて笑いだした。
「お姉ちゃん、お嫁ちゃん、きれーきれー。」
「そうよねえ。ユカ姉ちゃん、お嫁さんになったら、とっても素敵よね。」
「うん!」
尚もはしゃぎ続ける希美の頭を撫でながら…
「早く、里一さんとユカ姉ちゃんの祝言、見たいよね。それと、お父さんとお母さんのもね。」
愛は、希美と言うより、和幸に聞かせるように言った。
「愛ちゃん…」
「見せてくれる?カズ兄ちゃんと菜穂姉ちゃん、アケ姉ちゃんの祝言…」
和幸は、満面の笑みを向けて尋ねる愛に、返事をする代わりに、空を見上げて大きな溜息を吐いた。

紅兎〜想望編〜溜息(2)

夜更け…
一人書斎で書物を読む私の後ろに、跪く主水が陽炎の如く姿を現した。
「ゴンちゃんを見つけてくれたのは、おまえだね。ありがとう。」
「狐一匹見出すのに手間取るとは…里一の奴もまだまだ未熟…」
主水は軽く舌打ちしながら、面白くもないと言うように呟いた。
「狐一匹って…
おまえが密かに忍び術を仕込んだ動物など…
私何ぞ、百年かけても見出せぬぞ。」
「お戯れを…
十の歳には大頭様の忍び術を悉く会得され、十二の歳には俺の術を悉く見破られた若君が何を…」
「あれは、おまえが手加減しただけの事であろう。私を怪我させぬようにな…
無愛想な顔して、サナちゃんの可愛がっていた動物達を見守り、ゴンちゃんに忍び術を仕込む…おまえは、そう言う男だ…」
私が言うと、主水はまた軽く舌打ちした。
「ところで、今宵は何の用だ?また、軽信が里一かカズ君の周りをウロついているのか?」
「奥方様が、里一と由香里の事を案じておられる。」
「おまえ、そんな事をまで叔母上に報告を?」
主水は無言で軽く平伏した。
「私の事のみならず、社の兎神子達や兎神子達が可愛がっている動物達の事までつぶさに把握する。おかげで四年前の革命騒ぎの件では、皆を救う事が出来たが…
平蔵にしても、おまえにしても、恐ろしい男だな…」
「平蔵…」
主水は、また舌打ちした。
「おいおい、平蔵の名を耳にするだけで、そんな顔するな。」
「彼奴は忍ではない。表立って派手に動き回りやがる。」
「彼奴に言わせれば、おまえの事を、陰でこそこそ動き回るいけすかない男なのだそうだ。真正面から立ち会えば、おまえなど脇差一振り、片腕で軽く倒せるそうな。」
私が軽く笑って言うと、主水はますます眉を顰めた。
「忍が真正面から立ち会ってどうする…」
「まあ、平蔵の事はさておいて…私もあの二人を何とかしてやりたいとは思っているのだが…こればかりはな…」
「奥方様は、里一が早く身を固める事を望んでおられる。」
「私も同じだ。家族ができれば、早々、馬鹿な事に手を出さぬようになるであろう。息吹のようにな。」
「御意…」
「それより、そう言うおまえはどうなのだ?叔母上と身を固める気にはならんのか?」
私が言うと、今度は舌打ちではなく、暫し黙り込んだ後、大きな溜息を一つついて、また、陽炎のように姿を消した。
狐の権と権の連れてきた兎達は、社の兎神子達と遊ぶだけ遊ぶと、山に帰って行った。
思い返せば、束の間の滞在期間であったが、彼らは溢れんばかりの思い出を残して行った。
『次に訪れるのはいつになるだろう…』
夜更け…
和幸は、縁側に腰掛け、一人酒を煽っていた。
月影が、雪に埋もれた庭を照らし、鹿威しの音色が物寂しく胸を打つ。
『もう一度…もう一度だけ、年明け前にやって来てくれないかな…』
和幸は思いながら、庭の隅に植えられた竹の狭間に目を向ける。
二年前…
早苗が最後の出産と死を目前にした時、丁度、あの辺りから、権の家族と兎の家族が姿を現した。
そして、今回も…
権が、朱理に追い出されるように山に帰ってしまった後、希美は二日二晩、部屋に籠って泣き崩れた。
食事の時間になっても部屋を出ようとはしなかった。
御膳を部屋に運んでも、何も手をつけようとせず、泣き続けた。
せっかく元気になってきたのに、このままでは死んでしまうのではないか…
誰もが、そう心配し始めた頃、兎の親子を引き連れた権が、同じ場所から姿を現したのである。
『わあ!コンコンだあ!ぴょんぴょんもいる!』
庭先に、権と兎の親子の姿を見出した時の、溢れんばかりの幼い笑顔が脳裏を過って行く。
『もう一度…もう一度だけ、会わせてやりたい…』
和幸は思いながら、更に酔いもしない酒を呑み干した。
「カズ兄ちゃん、また、お酒呑んでるの?菜穂姉ちゃんに怒られるわよ。」
不意に、声をかけられ振り向くと、赤子を抱く愛が十八番の片目瞬きをしてきた。
「あー、愛ちゃんらー」
和幸は、慌てて赤ら顔を作り、呂律の回らぬ物言いをして見せた。
「しゃーけ、しゃーけ、おいしいにゃ~」
愛は、笑うでも怒るでもなく、真剣な眼差しを向け、ジッと和幸を見つめ続けた。
「ねえ、菜穂姉ちゃん呼んで来ようか?それとも、ユカ姉ちゃんか亜美姉ちゃんが良い?」
愛が言うと、和幸は不意に酒を煽る手を止めた。
似てる…
そう思ったからである。
和幸が大酒を煽り、酔ったふりをし始めたのは、智子の死期が愈々間近に迫って来た頃であった。
酔いつぶれて見せると、百合とシゲ婆が優しくしてくれるのもあったが…
『もう、そのくらいになさい。お父さんには娘がいるのよ。』
智子が優しく嗜めながら、酒瓶を取り上げるのが嬉しかったからであった。
いや、違う。
お父さん…
智子が、和幸をそう呼ぶようになったのも、酒を覚えて酔い潰れて見せるようになった頃からであった。
恐らく…
智子は、娘ができたのだと言う自覚を持たせたかったのであろう。
和幸もまた、そう思わせる事で、幸せになる事を自ら禁じていた智子に、母になったのだと、娘の為に生きるのだと言う気持ちにさせたかったのだ。
しかし…
『お父さん、本当は酔ってないでしょう。』
ある夜、智子は酒瓶を取り上げるなり、そう言って椀に注いでくれたのだ。
『ありがとう。大丈夫、私も美香ちゃんも何処にも行かないからね。ずっと、お父さんの側にいるからね。』
あの時、そう言って和幸をまっすぐに見つめた智子の眼差しに、今の愛の眼差しがよく似ていると思った。
「怒られたいんでしょう?娘がいる父親が、何呑んだくれてるんだって…」
和幸は、何も答えずまた盃の酒を仰いだ。
「怒られると、娘がまだ此処にいるんだって、実感を持てるからね。確かに此処にいるんだって、安心できるからね。
わかるな…
私も、この子が大泣きして手を焼かせてる間、まだ、この子の側にいられるんだって思えるから…」
愛は言いながら、腕の中の赤子を愛しげに見つめた。
赤子は、気持ち良さそうな寝息を立てて眠っている。
やがて、自分を抱く幼い母親のとの別れが訪れる事など、夢にも思ってないようだ。
「崇敬会の顔役達と秋桜会の座衆達に虐められてる爺じを助ける為のつもりだった…
私の事でいつも悲しい思いをさせてるみんなに、少しでも喜ばせる為のつもりだった…
だから、一生懸命、爺じに抱かれてこの子を産んだ…
いざ産まれて、腕に抱いて、乳を飲ませると、こんなに愛しいものだと思わなかった…」
「僕もだよ。」
和幸は、漸く重い口を開いて言った。
「僕も、トモちゃんやナッちゃんを喜ばせたいだけだった…
だのに、今は…」
和幸は、もはや盃に注ぐ事なく、一升瓶を喇叭呑みしながら夜空を見上げた。
そこには、一面、星が散りばめている。
あの星の何処かに、智子がいて、早苗や貴之達がいて…
やがて、希美も…
「トモ姉ちゃん、あの星の何処かで見てるよ。サナ姉ちゃんも、タカ兄ちゃんも…今のカズ兄ちゃんをね。」
「ゴンちゃん、今頃何してるかな…」
和幸は、愛の言葉には答えず、ボソッと言った。
「兎さん達とお別れして、お家でネンネってところかな。この子のように。」
愛は、言いながら、腕の中で眠る赤子の顔を見せた。
和幸は、滲んだような眼差しを赤子に傾けた。
「また、会わせてやりたいな…その子にも、希美ちゃんにも…それと…」
「そうね。ゴンちゃん、大の仲良しになってくれたもんね。
また、こんな可愛いお土産、持ってきてくれると良いね。」
愛が、よく眠る赤子の帯に下がる、松ぼっくりの飾りを小突きながら言うと、和幸は漸く口元を綻ばせた。
「あ、やっと笑ってくれたね。」
「えっ?」
「私、カズ兄ちゃんのその笑顔が好き。だのに、最近余り見せてくれなくなったから。」
和幸が首を傾げると、愛はまた片目瞬きをして見せた。
「ねえ、やっぱり、菜穂姉ちゃんかユカ姉ちゃんを呼んで来ようか?バケツの水掛けられるか、ゲンコツ欲しいんでしょ?それとも、亜美姉ちゃんの薪木が良い?」
「今夜は、どれも望めないだろう。」
「そっか…三人とも、アレだもんね。」
愛が溜息をつくと…
「それじゃあ、三人の代わりに…」
言うなり、唐突に和幸の膝に乗った。
「ねえ、抱っこ。」
和幸は、また口元を綻ばせて、愛を抱きしめた。
「どお?私、重くなったでしょう。」
「ああ、重くなった。大きくなったものね。それに、もう一人産んだから…」
「落とさないよう、しっかり抱っこして。」
「重たいなあ、足が痺れそう。」
「お酒呑んだ罰よ。」
愛は、和幸の腕の中でクスクス笑った後、ふと、口を噤んだ。
「どうしたの?」
和幸が首を傾げると…
「全く…しょうがないわね…」
愛は難しい顔をした。
「すまん…」
「違う…カズ兄ちゃんの事じゃない。」
「じゃあ、誰?」
「お姉ちゃん達。ユカ姉ちゃんと里一さんを何とかくっつけたい気持ちはわかるけどさ…
男はみんな、大胆に迫れば良いってもんじゃないわ。良い人ほど、繊細なの。爺じも里一さんも…それと、カズ兄ちゃんもね。」
「ヒデ、マサ、リュウもだね。図太いのは、タカの奴だけか…」
「だって、タカ兄ちゃんはとっても悪い人だもの。」
「そいつは言えてる。奴は、アッちゃんの言う通り、悪魔、ケダモノ、人で無しだったからね…」
和幸が頬を撫でてやりながら言うと、愛はクスクスと笑った。

紅兎〜想望編〜溜息(1)

雪も深まり、山の動物達は冬眠に入ったのだろうか。
憩い小屋には、誰も訪問者がいなくなった。
彼らが訪れ、また、子供達を喜ばせるのは、雪解けを待たねばならないだろう。
その時には、子供達はまた一段と大きくなり、動物達の何匹かは、新しい家族を連れてやってくるかも知れない。
季節ごとに、同じ時が止まったまま、繰り返し回り流れてくるように思われる山の中でも、確実に新たな時が刻まれなる事を実感させられる瞬間である。
玖玻璃にとって、一番楽しみな瞬間は、命あるものが新たに芽吹き、成長して行く姿を見る事である。
屋敷の子供達、子供達が大事に育てている田畑の作物、庭の木々や草花、共に遊ぶ山の鳥や獣達…
皆が大きく成長するのを見る時、山奥に籠る人生を選んだ自分にも、確かな時が刻まれてる事を実感するのである。
『みんな、また、おいで。子供達が待ってるから…』
玖玻璃が、誰もいない筈の憩い小屋に手を当てて目を瞑ると、別れ際に抱きついてきた、熊の金太郎を思い出した。
熊は、本当に優しい動物だと思う。
決して、相手を怪我させぬよう、間違って爪を立てぬよう、優しく抱きついて来るのである。
金太郎と抱き合った時、抱きつかれると言うより、抱き締められてるような感触がした。
と、その時…
「誰かいるの?」
玖玻璃は、人の気配に、声をかけながら小屋に入ると、結路(ゆじ)が宝物にしてる木彫りの熊を抱きしめて溜息をついていた。
「まあ、どうしたの?こんな所で、風邪引くわよ。」
玖玻璃は、慌てて中に入ると、自分の纏っていた外套で、結路を包んでやった。
「奥方様…」
結路は、玖玻璃の姿を手で探りながら、急にポロポロと涙を零し出した。
「どうしたの?何があったの?」
「私、金時兄ちゃんに嫌われちゃったの…」
「嫌われた?どうして…」
玖玻璃が聞き返すと、結路は答える代わりに声をあげて泣き出した。
ふと、辺りを見回すと、雪で拵えた動物が、たくさん並んでいた。
どれも、金時が作ったものだと一眼でわかる。
幼い時から息吹に仕込まれた金時は、彫刻の名人であった。
憩い小屋に遊びに来る生き物達が、そのまんま雪人形になってしまったような、見事な出来栄えで、今にも動き出しそうだ。
「まあまあ、金時ったら、こんなに…
これ、全部、おまえの為に作ってくれたんでしょう。」
玖玻璃が言うと、結路は泣きながら大きく頷いた。
そう…
金時が彫刻の腕を上げたのは、聾唖で話せない彼が、動物や草花の姿を、見えぬ結路に教えてやる為であった。
そして…
雪人形を拵えたのは、山の動物達が雪で来なくなり、結路が寂しがっていたからなのであろう。
「お前の為に、こんなに雪人形を拵えてくれる金時が、どうして嫌ったりするの。」
すると、結路は目をこすり、しゃくりあげながら、辿々しく話し始めた。
その話によれば…
結路は、金時に幼い思いを一年以上も募らせていた。
どうしたら、この想いを伝えられるか悩んでいた。
言葉で伝えようにも、金時に言葉は聞こえない。
手話や読唇は出来る。しかし、相手が返す手話を結路には見えない。読唇の返事を求めて、金時の唇に手を当てるのは余りに恥ずかし過ぎる。
だったら…
悩みに悩んだ末、千穂に相談した。
千穂はどうやって、息吹に想いを伝えたのか、尋ねてもみた。
すると、千穂は、彼女の為に好きな花の木彫りを彫っている息吹の頬に口づけをしたのだと答えたと言う。
そこで…
結路は勇気を振り絞って、この小屋の作品を作っている最中の金時の頬に口づけをしたのだと言う。
ところが、金時は結路を突き飛ばして去ってしまったのだと言う。
「そうだったの…」
玖玻璃は全て聴き終えると、クスクス笑いだした。
結路は、少しムッとした顔をして、見えぬ目を玖玻璃に向けた。
「ごめん、ごめん。笑ったりしてごめんね。でも、金時は、おまえを嫌ったのではないわ。」
「えっ?」
玖玻璃の言葉に、小首を傾げると結路は…
「千穂さんもよくないわ。ちゃんと全部話さないから…」
後ろから、玖玻璃とは別の声がするのを耳にした。
「智子!そんな格好で出てきては駄目じゃない!」
玖玻璃は振り向き、声の主を見て血相変えて言った。
「大丈夫…私、今夜は調子良いから…」
声の主はそう言うと…
「結路ちゃん、千穂さんはね、大事な事をちゃんと話してないのよ。」
結路の頬を撫で、ニッコリ笑って言った。
「大事な事?」
「そう。千穂さんの話にはね、続きがあるの。
千穂さんに口づけされた息吹さんはね…」
声の主は、小首を傾げる結路の肩を抱いて頬ずりすると、一言一言噛み砕くように話し出した。
「息吹さんったら、物凄く驚いた顔して、千穂さんを突き飛ばして逃げ出したそうなのよ。」
「まあ!」
「それから、千穂さんも今の結路ちゃんみたいに嫌われたと思って、一日中泣いて、物も食べられられなくなったんですって。」
「それで、千穂さんは伊吹さんに嫌われてしまったの?嫌がられてたの?」
「いいえ。何でそんな事されたのか意味がわからなくて驚いたのと、恥ずかしかったのね。
それで、千穂さんが息吹さんの事が大好きなんだって奥方様が教えて差し上げたら、益々恥ずかしがって、本当はとても嬉しいのに、まともに千穂さんと顔を合わせられなくなってしまったんですって。」
「それで、二人はどうなりましたの?どうやって、また仲良しになりましたの?」
「里一が間に入ったのね…」
ここで、玖玻璃は間を割るようにして言った。
「毎日、泣いてばかりいる千穂に、息吹の前で何かと親切にしてやって見せて、息吹にやきもきさせて…<br>
それで、息吹に話して聞かせたのよ。自分もずっと前から千穂の事が好きだったんだってね…」
「えっ!里一さんが、そんな事を?」
「そう…それは、本当の話だったしね。それで、息吹に言ったのよ。おまえは、千穂をどう思ってるのか?好きなのか、好きでないのかって…
もし、好きなんだったら、その気持ちを千穂に伝えてやれ。男だったら、自分の気持ちをはっきりさせろ。そうでないなら、自分が千穂と付き合うぞってね。
それで、息吹、勇気を振り絞って、千穂に好きだって言ったのよ。」
「そうでしたの…」
結路は、呟きながら大きな溜息をついた。
その時…
「おっ!見つけた、見つけた!結路ちゃん、こんなところにいたのか!」
「その声は…平次兄ちゃん?」
結路は、声の方に耳を傾けながら言った。
「平次兄ちゃんじゃないだろう、今日は辰三と一緒に赤ん坊達の世話するんじゃなかったのか?」
「アッ…」
「ほら、早く早く!辰三は昔から刻限にうるさくてな、時刻のタツって呼ばれてるんだ!おまえが来ないって、頭から湯気出してるぞ!」
駆けつけた平次が血相変えて言うと、結路は忽ち顔色を変えた。
辰三がとても厳しい男で、相手が盲目でも聾唖でも、遅刻すると情け容赦なく怒鳴りつける事を知ってるからだ。
既に、平次も散々に怒られてきたのだろう。結路と同じくらい蒼白になっていた。
「大丈夫よ。」
玖玻璃は、二人の慌てる様子をみながら、クスクス笑いだした。
「今日は、花にも赤ちゃんの世話、お願いしてるからね。」
「まあ!花姉ちゃんが?」
「そうか!花ちゃんも来てくれるのか!」
二人は、辰三の恋人、花の名を耳にした途端、ホッと胸を撫で下ろして、満面の笑みとなった。
厳しい辰三と違って、花がとても優しい少女だからである。
きっと、彼女が怖い恋人を宥めてくれるだろう。
さらには…
「あと、早苗もそろそろ来るはずよ。」
玖玻璃が言うと、結路より平次が嬉しそうな顔をした。
「何!早苗さんも来てくださるんですか!」
「まあ…あの子の場合、手伝うと言うより、赤子を見たいだけでしょうけどね。」
「何でも良いや!早苗さんが来てくだされば、辰三の奴、猫を被ったように大人しくなりやがる!」
平次は言うなり…
「それじゃあ、行こうか?」
「うん!」
結路の前にしゃがみこむと、細い背中を差し出した。
「さあ、乗って!」
「良いの?」
「遠慮するな!金太郎の背中ほどでかくねえが、乗り心地は負けないぞ!」
「うん!」
結路が、大きく頷いて背中におぶさると…
「それ!」
平次は声を上げて駆け出して行った。
「わあ!早い早い!平次兄ちゃん、早ーい!」
結路のはしゃぐ声がこだまする。
「あの子達ったら…」
玖玻璃は、智子と顔を見合わせると、またクスクス笑いながら、彼方の方に目をやった。
それは、鱶見社領の方角である。
「里一、どうしてるかしら…
由香里と上手くいってるのかしら…」
玖玻璃が呟くと…
「相変わらずにございます…」
いつの間に現れたのか、後ろで跪く主水が答えて言った。
「そう…
亜美と菜穂の二人で頭を捻って考えついた作戦も、功を成さなかったのね。」
「御意…」
「里一さん….人の恋路を纏めるのは上手いくせに、自分の事となると、てんで駄目なのね…」
「主水、どうにかならないの、あの子達…」
溜息を吐く傍、玖玻璃がそう言うと…
「そればかりは…」
「そう…
人を操るのが上手いおまえでも、恋路はどうにもなりませぬか…」
「人には皆、それぞれの心があります故…」
「そうね。見守る事しか、できないわね。」
「御意…」
主水が軽く一礼して、陽炎のように姿を消すと、玖玻璃はまた、智子と顔を見合わせて溜息をついた。

紅兎〜想望編〜誤解

寝静まった夜更け…
屋敷の大部屋では、昼間、あんなに大暴れして手古摺らせていた子供達が嘘のように、鼾をかいて眠りこけている。
「まあ、金時ったら…またお腹出して…」
子供部屋の真ん中で、腹を出して大の字に眠る大きな子を見ると、玖玻璃はクスクス笑いながら、布団をかけてやった。
隣では、金時に身を寄せるように丸くなって、結路(ユジ)が満面の笑みで眠っていた。腕には、せいこうな木彫りの熊を大事そうに抱いている。大好きた金時に作って貰った物である。
力持ちで大きな身体の金時と、小さく痩せこけた大人しい結路を見ていると、在りし日の息吹と千穂を思い出す。
金時が聾唖で、結路が盲目なところまでそっくりだ。
『あの子達…このまま大きくなって、いつか結婚して子供を産むのだろうか…』
玖玻璃は屋敷の外に出て、庭先を歩きながら思った。
総社の大宮司に嫁いだ姉の聡美に、最初に託された障害児達を連れて、此処に屋敷を構えて三十五年が過ぎていた。
振り返れば、あっと言う間の月日であったと思う。
子供達は瞬く間に大きくなり、結婚して子供を産んだ。
障害を持った子供達同士の間に、健常な子供達が生まれて大きくなり、今、その子達が、玖玻璃の手伝いを始めている。
健常な者同士の間に障害や病を負った子供達が産まれ、障害や病を負って産まれてきた子供達の間に健常な者が生まれる。
何も不思議な話ではない。そうやって、天は互いに助け合えと、教え諭してるのであろう。
姉の聡美から、最初の子供達を預かった時、まだ十五歳だった玖玻璃には戸惑いしかなかったが、今は良き人生を生きてきたと思う。子供達を育て、多くの学びを得た今日までの日々を、大きな恵であったと思う。
ふと、気づけば、屋敷の裏庭の奥に建てられた、憩い小屋にたどり着いた。
随時、開け放たれた小屋には、何処からやってきたのか、猿と狐と狸が数匹、眠りこけている。
敢えて、周囲に果実の木や無造作に野菜を植えた真ん中に、この小屋を建てて、山の生き物達に解放したのは、早苗と言う少女の知恵であった。
四年前…
甥が預かる鱶見本社の白兎の早苗は、かつて飼っていた兎が子兎を産んだ時、子兎を人にやって親子を引き離すのを哀れんで、山に放ったと言う。
その後、放った兎の何羽かと共に、様々な動物達が兎小屋にやって来ると、等しく可愛がった。リスや小鳥と言った大人しい動物だけでなく、狐、烏、鳶、野良猫、野良犬と言った、本来、兎やリスの天敵である筈の生き物達も一緒に可愛がったのである。
すると、何故かこれらの生き物が仲良く遊ぶようになった。同時に、人に悪さをしないばかりか、社を荒らす鼠や虫の類を、これらが皆食ってくれ、社に鼠や虫が出なくなったのだと言う。
これには、もう少し補足があり、早苗は天井裏に住む蛇や、池に棲む蛙などにも、優しく声をかけ、可愛がっていた。この蛇や蛙達も、随時、鼠や虫を食っていたのである。
一方で、早苗は鼠や虫も愛しく思い、誰かがこれを殺そうとすると、泣いて悲しんだと言う。その為、危害を加えられない限り、誰も鼠や虫を殺さなくなった。
その為、決して社から鼠や虫がいなくなる事はなくなり、早苗を訪ねてくる動物達が互いに食い合わなくても食に事欠かなかった。これが、社に暮らす動物達が皆仲良く過ごし、同時に鼠や虫が姿を現さない理由なのだと言う。
玖玻璃は、これを聞いて実に面白いと思い、屋敷の裏庭に、どの動物達も平等に憩える小屋を建て、食せる果実と野菜を植えてみたのである。
すると…
此処は、動物達の憩いの場と言うよりは、子供達の新しい遊び場になった。
元々、山の動物達は、子供達の友達であった。
片腕で羆を薙ぎ倒す金時は、同時に、山の熊達と心を通わせていた。特に、金太郎と名付けた羆と親友で、鉞を担いで馬のように乗り、屋敷の子供達や山の動物達を引き連れ、皆で遊びまわっていたのである。
そんな彼らの、憩い小屋は格好の遊び場となったのである。
「金時ったらね、今日も、金太郎と相撲をとっていたのよ。」
不意に、玖玻璃は、近くの草叢に向かって、クスクス笑いながら話しかけた。
「山の動物達が冬眠に入る前に、最後の一勝負なんだそうな。」
返事はない。
「結路が声を枯らして応援してね。そう、あの大人しい結路が、あんな大きな声を出すんだって驚くくらいにね。良い勝負だったわ。」
「して、勝敗は…」
振り向くと、いつの間に現れたのか、主水が跪いていた。
「どっちだったと思う?」
「金時…」
「何故?」
「今日も金太郎は金時を背中に乗せていた。」
「つまり、金時の方が強いから、金太郎が従っていたのだと…」
「獣とはそう言うもの…」
主水がうっそり言うと、玖玻璃はクスクスと笑い出した。
「忘れたのかしら。私達が初めて金太郎を知った時の事…
あの時、おまえは、傷だらけで倒れている金時を転がす金太郎を発見して、撃ち殺そうとしかけた。金太郎が金時を襲ったのだと思ってね。
金時がそれを見て、泣いて止めた。金太郎は悪くない。金太郎は、別の熊に襲われ、不覚をとった金時を助けてくれたのだと言ってね。
そうそう…
あの子が、初めて言葉を発したのも、あの時だったわね。」
「御意…」
「あの後、金太郎はあの子をどうしたのかしら?」
主水は答える代わりに、玖玻璃の顔を見返した。
「そう…あの子を背に乗せて連れ帰って来たのよね。金太郎は、優しい子なの。強いから金時を背に乗せるのではない。好きだから、友達だから乗せてくれる優しい子なのよ。」
玖玻璃が言うと、主水は再び目線を地に伏せた。
「ところで…権と言ったかしら、あの子の社によく訪れると言う赤毛の狐…
朱理と言う子と、仲良くなれたのかしら…」
主水が無言で首を振ると…
「言葉を話せないって、切ないものね。人も獣も…
その優しさがなかなか伝えられないから…」
言いながら、玖玻璃はふと、静かに目を閉じた。
いつだったか、なまじ強い金時が、泣いてる聾唖の少年の側に立ち、苛めてるのと勘違いされて、世話人に叱られていた時の事を思い出したのである。
しかし、同時にもう一つ大事な事を思い出して、ニッコリ笑い出した。
それは、その時、金時は悪くないと、金時の代わりに訴えてきた女の子がいた事である。
泣いていた子が自分を苛めていたのを、金時が助けてくれたのだ…そう訴えて来たのが結路であり、それが二人の幼い恋の始まりにもなった。
「でも、大丈夫ね。優しい子には、その子が話せなくても代わりに話してくれる者がいて、必ず誤解を解いてくれる。金太郎には金時がいて、金時には結路がいた。
権にもきっと、そう言う人が現れて、いつか朱理の誤解を解いてくれるわね。」
玖玻璃がそう言って振り向くと、主水はいつの間にか姿を消していた。
恋の形に決まりはない。
相手を好きになって仕舞えば恋が芽生え、芽生えてしまったものはどうしようもない。
殊に、それが人ではなく、動物であれば尚更の事である。
「おまえ、朱理さんに惚れてござんすか?」
境内を掃除する里一は、神饌所付近に大人しく座ってる権に声をかけた。
権は、答える代わりに一鳴きし、懐っこく里一に纏わり付いた。
彼はもう立派な大人であり、結婚もしている。
かつて、可愛い嫁さんと子狐をたくさん連れてきて、余命幾ばくもない早苗を大いに喜ばせたものである。
妻子持ちになって、二年が過ぎている。
今、山でその妻子がどうしてるかはわからない。
夫婦仲が円満なのかどうかもわからない。
ただ、言えるのは…
「兎小屋の連中が帰っちまった後も、ここにいなさるのは、朱理さんが目当てでござんすね。」
里一が権を撫でながら言った時、当の朱理が、種付を終えて御贄倉から姿を現した。
権は、朱理の顔を見出すなり猛烈な勢いで駆け寄ると、飛びつき、擦り寄り、纏わりついていた。
しかし、他の子供達には人気者なのに、当の朱理の態度は実に冷たいものあった。
「シッ!シッ!あっち行くでごじゃる!私はおまえと遊ばないでごじゃる!」
そもそも、二人の出会い方が悪かった。
ある朝、早苗が亜美に箱車に乗せられ、兎小屋にやって来ると…
『こらーーーーー!!!兎さんやリスさんに何するでごじゃるかーーーー!!!弱い者苛めは駄目でごじゃるよーーーーー!!!』
凄まじい物音と共に、朱理の怒鳴り声が響きわたっていた。
何事かと思い、兎小屋の中に入って行くと…
小鳥やリス達は飛び回り、兎の親子達が駆けずり回る真ん中で、箒を振り回す朱理と赤毛の子狐が追いかけっこをしていた。
『この悪狐!!!!出て行けーーーーー!!!』
と、雄叫び上げる朱理に、しかしどう見ても恐れ慄き逃げ回ってるのは、赤毛の子狐ではなく、兎とリスと小鳥達の方であった。
むしろ、赤毛の子狐は怖がるより面白がって、朱理の側にやってきては、箒が振り下ろされる刹那に逃げ出す行為を続けていた。
『アケちゃん!やめなさい!何暴れてるの!みんな、怖がってるじゃない!』
社の兎神子達の間では、泣く子も黙る亜美の一声に、朱理が箒を振り上げたまま金縛り状態になった。
『いったい、どうしたって言うの?』
亜美に箱車から抱き下ろされた早苗が小首を傾げると、赤毛の子狐は勢いよくその胸に飛びついてきた。
『まあ、可愛い!』
早苗が抱き止めて頭を撫でてやると、それまで暴れていた赤毛の子狐は、嘘のように大人しくなり、甘えるような声で鳴き出した。
『こいつ、悪い奴でごじゃる!』
亜美の声で大人しくなったものの、朱理はまだ怒り冷めやらぬ風に、赤毛の子狐を指差して言った。
『こいつ、兎さんやリスさん達を追い回して苛めたでごじゃる。可哀想に…こんなに怯えてるでごじゃる。』
朱理が、隅でまだ震えてる子兎を抱き上げて涙目で言うと…
『何言ってるのよ!その子、あんたの剣幕に怯えてるのよ!ほら、あんたの腕の中で縮こまってるじゃない!』
亜美は、朱理の額を人差し指で小突きながら、突っ慳貪に言った。
『とにかく、そいつは悪い奴でごじゃる!お仕置きして、追い出すでごじゃる!』
朱理は面白くなさそうにむくれて言うと…
『お仕置きって?』
『箒でお尻ペンペンするでごじゃる!』
『そんなの可哀想…』
忽ち早苗が涙ぐみ…
『この子、まだ子供じゃない。そんなにしなくたっていいじゃない。』
そう言って赤毛の子狐を抱きしめると、シクシクと泣き出した。
『えっ…あの、その、サナ姉ちゃん…』
朱理は漸く怒り冷めやり、今度は、いよいよ本泣きに泣き出す早苗に慌て出すと…
『この馬鹿!』
亜美に思い切り頭を小突かれた。
それから、朱理には不評であったが、赤毛の子狐は何となく兎小屋の訪問者の一員として迎えられるようになった。
『この子のお母さん、何処にいるのかな?心配してるだろうに…』
赤毛の子狐を抱きながら、心配そうに言う早苗に…
『親と逸れたか、さもなければ、いないのかも知れないね。』
和幸が言うと…
『可哀想に…それじゃあ、本当のお母さん見つかるまで、私がお母さんになってあげるね。』
早苗はそう言って、その日から赤毛の子狐の世話をやくようになった。
最初のうちは、兎小屋の訪問者達に問題を起こしてはと別の小屋を建てて、仮の住まいにしていたのだが…
早苗が、毎日赤毛の子狐を抱いて兎小屋に訪問し、一緒に食べ物を与えているうちに、兎小屋の訪問者達と仲良しになった。
早苗には、何かそう言う力みたいなものがあった。
赤毛の子狐の前は、烏や鳶がやってきて、朱理を心配させたものであったが、何故か早苗が可愛がるうちに、みんな仲良しになった。
後に、近所の野良猫や野良犬もやってきたが、やはり、早苗が可愛がるうちに、兎小屋の訪問者達と仲良しになった。
社の外ではどうなのかわからないが、社の中…兎小屋周辺では、いつしか、どんな動物や鳥達も、種族の違いを超えて友達になってしまうのである。
やがて、赤毛の子狐には権と名付けられ、社の子供達の人気者になった。
そう、朱理以外には…
権は半年程、社に暮らしていたでたろうか…
と、言っても、別に飼っていたわけではない。
早苗の願いを聞いて、貴之が建ててやった小屋に勝手に暮らしていただけである。
最初は、兎小屋の訪問者達と問題を起こす事もそうだが、何より近在住民と問題を起こすのを恐れて繋いだりもしていた。
ところが、社に限らず、権は不思議と人にも人が飼っている生き物にも手を出さない事を知り、繋ぐのをやめた。
基本、私は余り生き物を繋いで飼うのは好きでない。家畜は人の営みに必要な存在であるが、そうでない生き物を、人の楽しみで繋いで飼うべきではない。自然に生きるべきだと思っている。
なので、権も人の営みに支障を来さず、自分の意思で共に暮らすならと、自由にさせていたのである。
兎小屋の訪問者達も、何となくやってきては、何となく去って行く。
同じように、権もいつの間か社を去って行った。
それも、私は自然の事だと思っていた。
早苗も、兎達を山に帰した時は大泣きしていたが、権がいなくなった時は、特別悲しむ事はなかった。
ただ、兎小屋同様、狐小屋も毎日綺麗に掃除しながら、いつ帰ってきても良いようにだけしていた。
そして、二年前…
早苗が最後の出産を間近にした頃、権は妻と子狐を引き連れて、早苗に会いにやってきた。
最早、起きる事もままならなくなった早苗を訪ね、わざわざ、屋敷の庭先にまで顔を出しに来たのである。
『ゴンちゃん…会いに来てくれたのね…嬉しい…嬉しい…』
最後の出産は、同時に自身の死を意味する事を知っていた早苗は、涙を溢れさせながら、権と権の家族一匹一匹を愛しそうに抱きしめた。
しかし、それが最後であった。
最後と言えば…
兎小屋の訪問者達も、早苗がいなくなってから、久しく訪れる事はなかった。
おそらく、早苗がいなくなったからなのだろう。
それがまた、何を思ったのか、最近になってたまに顔を出すようになった。
動物や鳥とは、そう言うものなのかも知れない。
「里一、また、掃除を押し付けられたのか?」
権に見えぬ目を向けていた里一は、私に声を掛けられるなり、バツの悪そうな顔をした。
「今朝もユカちゃんが激怒していたぞ。最近また、皆が社の仕事を全部おまえに押し付けてばかりいるってな。」
「おやじさんは、また、崇敬会や秋桜会の連中と?」
里一は、話題を逸らすように、私が参集殿から出てきた理由を尋ねた。
「まあ…また、いつもの話さ。」
「愛さんを早く三諸島に送れ…さもなければ、次の赤兎に、希美さんを指名すると…」
言いながら、里一の表情が変わった。
「里一、何を考えている?恵三が病死し、ジュンが近々、鱶見大連に推戴される。
おまえの近辺で不審な死と、何故か私の望む人物がその空席を埋める…そんな話は、これが最後の筈ではなかったのか?」
「それでは、愛さんを三諸島の異人達の慰み者になさりたいのでござんすか?希美さんを、前の社領と同じ地獄に落とされたいのでござんすか?」
「そんな真似は、私がさせん!二度とな…」
私が思わず声を荒げかけた時…
「もう!来るなったら来るなでごじゃる!おまえなんか大っ嫌いでごじゃる!」
無邪気な鳴き声をあげて纏わり付いつく権を、邪険に追い払おうとする朱理の声が聞こえてきた。
「片想いとは、切ないものにござんすねえ。」
里一はまた、権の方を見て、溜息をついて言った。
「朱理さんも、あんなに冷たくなさらなくてもようござんしょうに…」
「それを、おまえが言うのか?」
「えっ?」
「ナッちゃんが怒っていたぞ。おまえが冷たくて、ユカちゃんがいつも泣いているとな。」
私が菜穂の名を口にした途端、里一は忽ち凍りついたように身を固くした。どうも、里一は菜穂が苦手らしい。
「すぐに祝言を…とかは言わん。ただ、そろそろユカちゃんを抱いてやって、覗きのマサ君と茜ちゃんを喜ばせてやっても良いんじゃないか?
でないと…
ナッちゃんのバケツの水、カズ君だけでなくて、おまえにも…」
「そいつは、勘弁なすって!」
里一は、私が話し終えるのを待たず、そそくさと逃げるように去って行った。
「里一の奴…」
私が軽く含み笑いして振り向くと、いつの間にそこにいたのか、竜也がもの言いたげな眼差しで、私を見つめていた。
数日前、久し振りに権が姿を現して以来…
権に冷たくする朱理を見ては、竜也は妙に訴えるような目つきで私を見つめる事が多くなった。
それでいて、私の方から声をかけようとすると、固く口を閉ざして去ってしまうのである。
リュウ君…」
その日は、私が声をかけようとすると…
リュウ、どうした?元気ないぞ?」
権と遊ぶべく、雪絵と茜と両手に花で現れた政樹が、先に声をかけた。
「いや、ゴンちゃんを見てると切なくてな…」
「アケちゃん、相変わらず冷たいなあ…」
政樹がため息混じりに言うと…
「おいら、何となくゴンちゃんの気持ちがわかるんだよ。」
竜也も大きく溜息を吐いた。
「気持ちがわかる?」
「うん…あいつの事を色々知るとな…おいらも、母ちゃんいねえから…」
「そう言えばおめえ、たまにどっか出かけてたな。何処で何してたんだ?市場に行ったわけでもねえみてえだし、神饌組の連中も会ってねえと言ってたし…」
政樹が言うと、竜也はむっつりと黙り込んだ。
すると…
「ゴンちゃん、どうして、アケちゃんにばかり纏わりつくポニョ?」
茜が横から顔を出し、邪険にされても、朱理に纏わりつこうとする権に首を傾げた。
「さあ、何でなのかしらね。顔が似てるからかしらね。あの子、こうやって見ると、なるほど狐って顔してるじゃない。」
雪絵も、鞠をポンポンつきながら、不思議そうに首を傾げた。
「それを言うなら、どっちかと言えば亜美姉ちゃんポニョ。あのつり上がったお目々と言い、きつそうなお顔と言い、亜美姉ちゃんこそ狐だポニョ。ねえ、マサ兄ちゃん。」
「いやいや、あの角ばった顔と言い、身なり構わぬ出で立ちと言い、アケちゃんは狐そのものだわ。ねえ、リュウ君。」
突然返事しづらい話を振られた政樹と竜也は、忽ちおどおどと目を泳がせ…
「でも、そう言う事なら、雪姉ちゃん、狸でなくて残念だポニョ。」
「どう言う意味!」
「狸だったら、間違いなく、モテモテだったのはアケちゃんじゃなくて、ユキ姉ちゃんだったポニョ。ねえ、マサ兄ちゃん。」
「何言ってるの!それを言うならユカ姉ちゃんでしょ!ユカ姉ちゃんこそ、前世間違いなく狸だわ!ねえ、リュウ君。」
再び返答次第では命の危険に繋がる話を振られると、政樹と竜也はついに脱兎の如く逃げ出した。
「どうした?何か話しがあってきたんじゃないのか?」
夜。
竜也は、私の部屋に来たのは良いものの、正座して俯いたまま、黙り込んでしまった。
「まあ、君が話したい事はだいたい察してるよ。ゴンちゃんの事だろう?」
私が言うと、龍也は漸く顔をあげて、驚いたような眼差しを向けた。
「知ってるよ。君は、この二年、こっそりゴンちゃんを見守り続けてきたんだろう?」
「そんなつもりはありませんでした…ただ、サナ姉の兎達が、どうして社に来れるのかが不思議で…あの頃、野犬が跋扈してたから…」
「そうしたら、ゴンちゃんに遭遇してしまったと…」
「あいつ、可哀想な奴なんです…」
鼻をならす竜也は、漸く重い口を開いて、長い権の物語を話し始めた。
ところで…
どう頑張っても実らぬ恋もあれば、あっさり実る恋もある。
気が多いのも動物の特徴なのだろう。
「わあ!コンコン、ありごとうねー。」
また、権から贈物を貰ってお礼を言うと、希美と希美が抱く赤子が相槌打つようにケラケラと笑い出した。
希美と赤子にとって、権は実に良い守子であった。
赤子を抱く希美の前で、おどけた仕草で地面を這い回って見せたり、鞠のように跳ねたり転がって見せて、喜ばせるかと思えば…
希美と赤子が撫で始めると、二人の手や頬を舐めながら、いつまででも大人しく身体を触らせていた。
赤子を揺りかごに乗せると、権はその揺りかごを上手に揺らして、赤子と希美をケラケラ笑わせていた。
「ゴンちゃんって、本当に優秀な守子さんねえ。私、毎日助かっちゃう。」
その日も権と遊んで、すっかり疲れ切った希美と赤子が、仲良く並んで寝込むのを見て、愛がしみじみ言うと…
「そうねえ。うちのお父さんも、ゴンちゃんくらい、面倒見がよければ良いのにねー。」
菜穂は、棚の上に並ぶ、今や希美の一番の宝物となった、権のお土産の松ぼっくりやどんぐりを見渡したあと、ふと振り返って言った。
見れば、いつの間にか、やはり昼間から呑んでる和幸が、希美と赤子と並んで良い心地で眠りこけていた。
「全く!ゴンちゃんに比べて、お父さんってば!」
菜穂が思わず鼻を鳴らすと、愛はクスクスと笑いだした。
「嫌い嫌いと言いながら、ちゃんと小屋を掃除して、食事も持ってきてやってるんだね。」
私が言うと…
「サナ姉ちゃんと希美ちゃんにとっては大事な友達でごじゃるから…」
狐小屋の掃除を終え、こっそり権の食べ物を置く朱理は、ボソッと言った。
少し離れた先では…
「コンコン、上手上手!コロコロ、上手上手!」
雪絵と茜が、交代で権と鞠の転がしっこするのを見て、希美と希美の抱く赤子が無邪気に笑っていた。
「さあ、希美ちゃんもやってみるポニョ。」
「そそ、赤ちゃんにもよく見えるようにね。」
茜が赤子を抱き取り、代わって雪絵が鞠を差し出すと…
「うん!」
希美は嬉しそうに鞠を受け取って…
「コンコン、それっ!」
権に向かって鞠を転がした。
権は見事に鞠を咥え取ると、トコトコ希美の元に持ってきた。
「希美ちゃん、上手だポニョ。」
「さあさあ、もう一度、もう一度。」
茜と雪絵が勧めるままに、また、明るい笑い声がこだました。
「アケちゃんも、本当はわかってるんじゃないのか?ゴンちゃんは良い子だって事。優しい子だって事。」
私が、権と遊ぶ子供達を見つめながら言うと…
「狐は嫌いでごじゃる。兎もリスも小鳥も食べるでごじゃる。」
「山ではね。彼らも生きて行かねばならん。兎やリスが草や木の実を食い、小鳥が虫を食って生きるのと同じ事なんだよ。」
「兎さん達、可愛かったでごじゃる。いつも私に甘えてきて、離れないで、大好きだったでごじゃる。
お山に帰したくなかったでごじゃる。ずっと、一緒に暮らしたかったでごじゃる。」
朱理は、その場に座り込み…
「でも、そうしなければ、子供達と別れなければならなかったんだよ。子供達だけじゃない。今後、子供を産ませない為に、せっかく仲良しになって、夫婦になった兎さん同士も引き離さなくてはならなかったんだよ。」
私がそう言って肩を抱くと、私の胸に顔を埋めてシクシク泣き出した。
そして、事件が起きた。
「お姉ちゃん、コンコン苛めた!お姉ちゃんなんて、大嫌いだ!」
突然、そう叫んで、大泣きする希美の声が、境内の方から聞こえてきた。
「どうした!何があった!」
私が駆け出して行くと、希美と希美の抱く赤子が、声をあげて大泣きし…
「ごめんでごじゃる、希美ちゃん、ごめんでごじゃる。」
嫌々をして泣き続ける希美に必死に謝りながら、朱理も大泣きしていた。
「あれは、アケちゃんが悪い!」
「アケちゃんが悪いポニョ!」
側では、雪絵と茜が、腕組みして朱理を睨んでいた。
「どうした?いったい、何があったんだ?」
私が聞くと…
「お姉ちゃん、コンコン苛めた!コンコン苛めた!コンコン、帰っちゃった!」
希美は、支離滅裂に言いながら、一層声を上げて泣き出した。
「ゴンちゃんをどうしたって?ほら、泣いてたらわからないよ。」
私が希美を撫でながら聞き返すと…
「あのね!ゴンちゃん、今日もアケちゃんに懐こく纏わりつくついてたの!」
「だのにね!アケちゃん、酷いポニョ!」
雪絵と茜が、代わりに鼻を鳴らしながら、事の顛末を話し聞かせた。
何でも…
権はいつものように、つれない朱理にまとわりつこうとしていたと言う。見れば、口先には、松ぼっくりを一つ咥えていた。
ここ数日、希美と赤子が贈物を大喜びし、他の子供達も…
『良いなー、希美ちゃん、ゴンちゃんに貰って良いなー。』
と、羨ましがると言うよりは、希美をもっと喜ばせようと口々に言っていた。
希美はそれを聞いて、喜びながらも真に受けて…
『コンコン、お姉ちゃんにもみやげ、みやげ…』
と、権に言った。
朱理は、希美の前で権に辛く当たるような真似はしなかった。
苦飯噛み潰したような顔をしながらも、撫でてやったりしていた。
それでも、朱理が権を嫌ってる事は、希美の目にもわかり、小さな胸を痛めていたのだ。
それで、自分と同じ贈り物をしたら、きっと、朱理も権を好きになってくれるだろうと思ったのである。
それを聞いてか聞かずか、権は本当に松ぼっくりを持って来て、朱理に渡そうとしたのである。
ところが…
『しつこいでごじゃる!私、おまえなんかと遊ばないでごじゃる!』
朱理は差し出された松ぼっくりを引っ手繰ると…
『こんなもの、いらないでごじゃる!山に帰るでごじゃる!』
そう叫んで、権に投げつけた。
権は、希美のように喜んでくれると思った松ぼっくりを足元に投げつけられると、目にいっぱい涙を浮かべ、ひと泣きして山に帰ってしまった。
ちょうどそこへ、今日も権と遊ぼうと、雪絵と茜に連れられて来た希美が遭遇してしまったのだと言う。
「なるほど、そう言う事だったのね…」
宮司屋敷に戻ると、厨房で温めたミルクを希美に飲ませながら、由香里が神妙な顔をして言った。
「コンコン…コンコン…」
希美がミルクを啜りながら、まだしゃくりあげていると…
「大丈夫だよ。あいつ、また、ケロッとした顔してやって来るさ。そう言う奴だよ。」
政樹が慰めるように言いながら、お手製の栗大福を差し出した。
「あっ!これ、明日栗ご飯作るはずだった栗…」
由香里は、ボソッとそう言って後ろを振り向き、案の定、大きな卓上いっぱいに作られた栗大福を見出して政樹の頭をぶん殴った後…
「そうそう。ゴンちゃん、また、希美ちゃんに会いに来てくれるわよ。あの子、希美ちゃんが大好きなんですもの。」
政樹に見せる鬼の形相と打って変わって、優しく希美の肩を抱いて言った。
そこへ、種付け参拝の相手を終えた菜穂と亜美が駆けつけてきた。
「希美ちゃん、どうしたの?」
「サナちゃん、何があったの?」
交代で尋ねる菜穂と亜美に、雪絵と茜が、私に話したのと同様、まだ怒っていると言う口調で、事の顛末を話して聞かせた。
「なるほど、そう言う事だったのね…」
亜美がため息混じり言うと…
「これはもう…タカ兄ちゃんが悪いのよね!」
菜穂が、今は亡き貴之に怒って言った。
「そう!あの悪魔、ケダモノ、人で無しが一番悪い!」
亜美もまた、久し振りに耳にする、仇敵の名を耳にして、怒り心頭に言った。
朱理は、何となく皆から爪弾きにされた感じで、縁側でいつまでも泣きじゃくっていた。
「希美ちゃんに嫌われたでごじゃる…もう、遊んでくれないでごじゃる…」
「そんな事ないわよ。あの子、そのうちケロッと忘れて、また、アケ姉ちゃんの着物着て、ケラケラ笑ってくれるわよ。」
漸く赤子を泣き止ませた愛は、朱理の隣に腰掛けて言った。
「愛ちゃんは、怒ってないでごじゃるか?希美ちゃんと赤ちゃんの友達を追い出して、怒ってないでごじゃるか?」
「かなり、怒ってるかな?」
愛は、一瞬眉を寄せて怒った顔して見せて言った。
「だって、ゴンちゃんは私にとっても大切な友達なのよ。赤兎だった時、裸で凍えていた私を、あの子がいつも暖めてくれたの。あの子がいなかったら、私、凍え死にしてたかも。」
「愛ちゃん…」
朱理は、御贄倉の土間で、いつも権を抱いて暖をとっていた全裸の愛を思い出し、またメソメソと泣き出した。
「ねえ、何でゴンちゃんをそんなに嫌うの?あの子、良い子じゃない。優しい子じゃない。」
「狐は兎さんを食べるでごじゃる…」
「権ちゃん、此処で兎さんもリスさんも小鳥さんも、食べた事ないじゃない。食べるのは、社を荒らす鼠だけよ。」
「でも、お山では食べるでごじゃる。跳良(はねら)ちゃんも、跳良ちゃんの産んだ赤ちゃん兎達も、みんな食べられちゃったでごじゃる。」
「あー!」
愛は、思わず声をあげると、今度は本当に怒った顔をした。
「わかった!タカ兄ちゃんでしょう、そんな事を言ったのは!」
朱理は、鼻を鳴らして目をこすりながら、力なく頷いた。
そう…
朱理が極度に狐を嫌うようになったのは、まさしく、今は亡き貴之のせいであった。
早苗の兎がいた頃、兎達は、早苗だけでなく兎神子達みんなの宝物であった。
山裾に暮らしていた亜美以外、実は皆、兎を見た事がなかった。
そんな兎神子達が、自分達が呼ばれている兎なる生き物が、こんなに可愛かったのかと、大喜びして可愛いがっていたのである。
実は、貴之もその一人で、日頃、何かと私にそっぽ向いていた彼が、兎小屋を建てるのだけは、自分から買って出たのである。まあ…兎小屋に関しては、日頃ちょっかいを出している早苗に対する下心もあったのだが…
しかし、早苗を除いて一番、兎を可愛がっていたのは、朱理であった。
毎日、弱い身体に鞭打って小屋の掃除だの餌やりだのをしに来る早苗を見つけては…
『サナ姉ちゃんは、兎さんと遊ぶでごじゃる。お掃除は、私がやるでごじゃる。』
そう言って、大変な仕事は全部、朱理が引き受けていた。
そうして、仕事を終えると…
『ねえ、アケちゃんも抱っこしてあげて。この子達、アケちゃんの事、大好きなのよ。』
そう言って、早苗に兎達を抱かせて貰うのを、いつも楽しみにしていた。
中でも、特に可愛がっていたのが、跳良(はねら)と名付けられた黒斑の兎であった。
見るからに間の抜けた顔した黒斑の兎は、とても要領が悪く、食事の時、いつも他の兎達に締め出され、なかなか食べる事ができなかった。
皆が存分に食べ、漸く残りかすのようなものを食べようとすると、今度はずる賢い飛絵(とびえ)と言う栗毛の兎に横取りされたりもしていた。
その度に…
『みんな、仲良く食べなきゃ駄目でごじゃる!一羽だけ除け者は駄目でごじゃる!』
朱理は他の兎達を叱り付けながら、黒斑の兎を膝に抱いて、手ずから食事を食べさせていた。
いつしか、跳良は、朱理によく懐くようになった。
朱理の顔を見つけると、いつも後を追い回すようになった。
『そんなに纏わりつかれたら、小屋を出られないでごじゃる!もう、離れるでごじゃるよ!』
朱理は、どうしても離れようとしない跳良を抱き上げると、困り果てた顔で睨めっこをして言った。
すると…
『跳良ちゃん、優しいお母さんが見つかって、良かったね。』
後ろから、ずっと様子を見守っていた早苗が言った。
『お母さん?』
早苗は、振り向き首を傾げる朱理に大きく頷いて見せた。
『そう、アケちゃんは、跳良ちゃんのお母さん。』
『私、お母さんでごじゃるか。』
朱理は、そう言うと、満面の笑みで跳良を抱きしめ頬擦りした。
『跳良ちゃん、お母さんが来たでごじゃるよ。』
朱理は、兎小屋を訪れると、真っ先に跳良に手を差し伸べた。
跳良は、朱理の胸に飛び込むと、いつまでも甘えるように顔を埋めていた。
フワフワで暖かな感触…
甘えん坊な跳良を抱いていると、この世の幸せが全て来たような気持ちになった。
しかし、そんな楽しみも終わりの時が来た。
三つがいの兎達が、合計十八羽の子兔を産んだのである。
最初に見つけたのは早苗で、飛び上がらんばかりに喜んだ。
『可愛い!可愛い!』
何でも赤子が大好きな早苗である。子兎を片端から抱いて、大はしゃぎであった。
一方で、政樹と竜也が途方に暮れていた。
『こんなにいっぱい、飼えないよ…』
正解である。
短い間で、一度にたくさんの子を産む兎は、これから更に産むのも目に見えている。
そこで、私は友人の義隆を通じて、貰い手を探す事を提案した。
すると…
『赤ちゃんをお母さんから引き離したら可哀想!』
早苗は、そう言って大泣きしたのである。
それで、今度は和幸が山に帰そうと提案した。
実は、私も内心それが良いと思っていたのだが…
そうすれば、今度は可愛がっていた兎達との別れを意味する。また、今まで何不自由なく与えられていた住みかと食べ物を、これからは自分で見出さねばならなくなる。
その事を十分考えた末、どうするかを、早苗に決めさせる事にした。
社の兎神子達…特に、女の子達は、兎達との別れを寂しがった。本心では、子兎達を可愛がってくれる人に貰って貰い、いつまでも兎達と暮らしたいと思った。
とは言え、社の兎神子達である。皆、一度ならず、赤子を産んで、その子を取り上げられた経験をしている。早苗のように大泣きしないまでも、赤子を母親と引き離す事に、胸の痛みを覚えるのは同じであった。
しかし、その頃、朱理はまだ赤子を産んだ事がなかった。
『ねえ、サナ姉ちゃん。兎の赤ちゃん達、優しい人に貰ってもらおうよ。そうしたら、これからも兎さん達と暮らせるでごじゃるよ。』
朱理は、毎日、兎達を抱いて泣きながら、どうするか決めかねている早苗に言った。
『兎さん達だって、その方が幸せでごじゃる。ちゃんとしたお家にも住めて、美味しいものも食べさせて貰えるでごじゃる。』
すると、早苗は抱いていた兎を下ろすと…
『アケちゃんは、赤ちゃん産んだら、その子と暮らしたくない?』
涙を拭いながら言った。
『えっ?』
『アケちゃんは、赤ちゃん産んだ事ないから、まだわからないかな?でも、私やお姉ちゃん達が産んだ赤ちゃん、アケちゃんも可愛がってくれたよね。』
『うん。すごく可愛かったでごじゃる。』
『あの子達、アケちゃんが産んだとしたら、どっちが良い?お金持ちの人に貰われて行くのと、貧しくても一緒に暮らせるのと…』
朱理は、思わず黙り込んでしまった。
『アケちゃんには、こっちの方が考えやすいかな?
宮司様が、どんなに綺麗で可愛い着物を買って下さると言っても、スス汚れて小さくなったその着物、お母さんが縫ってくれた着物だから、着ていたいのよね。
貧しくても、その着物を縫ってくれたお母さんのお家に帰れるのと、お金持ちに貰われるのと、どっちが良い?』
『お母さんの所に帰りたいでごじゃる。お金持ちでなくて良いでごじゃる。綺麗で可愛い着物もいらないでごじゃる。』
今度は、二つ返事で朱理が答えた。
『そうよね。兎さんだって、同じだわ。赤ちゃんはお母さんと暮らしたい。お母さんは、赤ちゃんと暮らしたい。みんな、同じだわ。』
早苗に言われ、ふと見れば、跳良は愛しげに我が子達と寄り添って寝入っていた。
親となった兎達の中で、跳良が一番子供達を可愛いがっていたのである。
朱理は、子兎達と幸せそうに眠る跳良の姿に涙を溢れさせながら、漸く兎達を山に返す事に納得した。
しかし、兎達がいなくなった後…
『兎さん達、元気で暮らしてるでごじゃるよね。みんな、仲良く楽しく、暮らしてるでごじゃるよね。』
誰彼構わず、同じ事を繰り返し聞き続ける朱理に…
『いやー、人に飼われて、山での暮らし方が分からんあいつらだ、みんな死んで、一羽もいねえんじゃねえのかな?』
と、貴之はわざと意地悪くニヤけて言った。
『そんな事ないでごじゃる!みんな、仲良く元気に暮らしてるでごじゃる!』
朱理がムキになって言うと…
『いやいや、いないって。特に、跳良の奴は、おめえに似て間抜けな奴だったからな。今頃、亭主や子兎達諸共、狐に食われて、全滅してらあ。』
貴之はそう言って、朱理が泣き出すとゲラゲラ笑っていた。
そう言う貴之とて、本当は兎達と別れるのをとても寂しがったのである。
こっそり私のところに来て…
『よう、宮司よう。兎達、赤ん坊も一緒に全部飼えねえのか?小屋が小せえなら、俺が建て直してやるぜ。』
と、言ってきたのである。
『何だ、君も要するに寂しいのか?』
私が笑って聞くと…
『そんなんじゃねえよ。ただ、チビの奴がな…その、泣いてしょうがねえんだよ。せっかく気持ち良い事してやってるってのにな。』
貴之は、口を尖らせてそっぽ向いた。
『つまり、サナちゃんを泣かせたくないと…』
私が更に笑って言うと…
『ごちゃごちゃうるせえな!とにかく、俺が全部面倒見てやっから、赤ん坊ごと全部飼ってくれよ!』
貴之は、いよいよ顔を真っ赤にして言った。
私は、ここで漸く一つ息を吐き…
『君は知ってるのか?兎は最低八年生きて、半年ごとに六羽の子兎を産むんだぞ。死ぬまでに何羽産むと思う?しかも、産まれた子兔も、半年後には子供を産み始める。それを、全部君が面倒見るのかね?』
『それは…』
『しかも、手狭になれば、兎達は親子兄弟で殺し合いを始める。そんなのを見たら、サナちゃんはもっと傷つかないか?』
そう言うと、貴之は何も言わず押し黙ってしまった。
そして、兎達を山に帰した後、毎日、兎達のいた小屋に来ては、メソメソ泣いている早苗を見つけると…
『大丈夫だって。あいつら、ちゃんと元気にやってるさ。』
貴之は早苗の肩を優しく抱いて言った。
『本当?ちゃんとお家見つけられた?ご飯たべてる?お腹空かせてない?』
早苗がベソかきながら言うと…
『ちゃんと、お家もご飯も見つけて、仲良く楽しくやってるよ。だからさ…』
貴之はそう言って、さり気なく早苗の胸元に手を忍ばせると、有るか無しかの乳房を弄り唇を重ねた。
『俺達も、兎さん達と同じように、仲良く楽しくしような。』
『うん。』
早苗は漸く涙を拭って笑顔を見せると、いつもの荒々しさと変わって、優しく帯を解き、着物を剥いで抱き寄せる貴之に、身を任せた。
だのに…
相手が朱理となると、顔を見ては…
『いやー、跳良達も可哀想に。弱い赤子から順に、狐に頭からバリバリ食われてるぞー。』
『知ってるか?狐はな、腹わたが大好き何だ。それも、幼くて柔らかい赤子のはらわたがな。だから、跳良の赤子を見つけては、生きたまんま、こうやって、腹を食いちぎって、親の見てる目の前で食い散らかすんだぞー。』
『勿論、跳良だって最後は食われちまう。目の前で赤子を食い散らかした狐に、最後は為すすべもなく、跳良もバリバリ食われちまうんだぞー。』
と、意地悪く言っては、最後は大泣きさせて、ゲラゲラ笑っていたのである。
勿論、そんな貴之に、神様が天罰を下さないわけがない。
いつものように、そんな調子で、跳良達は狐に食われたー、狐に食われたーと連呼して、朱理を泣かせていると…
『兎さん達、食べられちゃった…』
と、後ろで一言言うなり、啜り泣く声が聞こえてきた。
振り向くと…
『あ…チビ…いや、その…あの…』
貴之が慌てた時はもう遅く…
『兎さん達、食べられちゃった、食べられちゃった…』
早苗は、蓄音機のように繰り返しながら、両手で顔を覆って号泣したのである。
すると…
『わっ!鬼娘!』
これまた、気づいた時はもう遅く…
『こ…の…悪魔…ケダモノ…人でなし…サナちゃんが、どんな思いで、兎さん達を山に帰したと思ってるんだーーーーーーーー!!!!!!』
『わっ!やめろ!悪かった!俺が悪かった!謝る!すまん!許してくれーーーーー!!!!!』
亜美は、特大級の薪木を持ってくると、フルスイング百錬打で、頭を抱えて逃げ回る貴之を、徹底的に打ちのめしたのである。
以来…
朱理は、狐は兎を食べる憎い奴が完全にこびりついてしまい、その皺寄せが権に向けられ、未だに忌み嫌ってしまってるのである。
「狐は悪い奴でごじゃる。兎さんもリスさんも小鳥さんも食べちゃうでごじゃる。だから、あいつが来て、みんないなくなっちゃったでごじゃる。みんな、あいつが食べちゃったでごじゃる。二年ぶりに来てくれたのに…」
朱理は、そう言うなり、また声をあげて泣き出した。
「それは、誤解だよ。」
私は、朱理の話を全て聞き終えた後、顔を出して言った。
「誤解?」
朱理は、真っ赤に泣きはらした目を向け、私の顔を見上げた。
「そうだよ。ゴンちゃんは、サナちゃんの兎さん達を食べたりしてないよ。それどころか、ずっと守り続けてきたんだよ。そうだろう、リュウ君?」
私が言うと、後ろからやってきた竜也が、大きく頷き…
「アケちゃん。あいつ、ここで暮らし始めて半年後、どうしていなくなったか知ってるか?」
目にいっぱい涙を溜めて言った。
「えっ?大きくなって、山が恋しくなったからでごじゃろ?」
「違うよ。大人になって、アケちゃんに嫌われてるのを知ったのと…それと、野犬が増えたからだよ。」
竜也の話は、そもそも、何故、子狐だった権が此処に姿を現したのか、その理由から始まった。
権は、理由は分からぬが、孤児だったと言う。
親が死んだのか、親に逸れたのか、親に捨てられたのかはわからない。
ただ、気づけば一人ぽっちで生きていたと言う。
そんな権が、生きてこれたのは、山裾に暮らす古兎神村の人々が、食べ物を与えてくれたからだと言う。
古兎神村の人々は、一言で言えば、兎神子のなれの果てであった。
兎神子を解かれても住む場所がなく、気づけば社周辺の山裾に集落を築いて暮らしていた。
そんな彼等は、皆、兎神子時代、数えきれぬ程、産んだ子供を取られたり、障害や病持ちを理由に殺されたりしてきた人々であった。
彼等は等しく幼い者に対する執着や思い入れがある。親を亡くした幼子と見れば、相手が人間でも動物や鳥でも、深い同情と愛情を抱く。
親を亡くした権に、皆等しくかつて奪われた子供達を重ね見て、可愛がったのであった。
そうして、人の中で暮らすうちに、権は人に悪さをしないだけでなく、人が飼っている生き物に手をつけない事を自然と覚えた。別に、そうしてはならないと思ってしたのではない。親代わりに可愛がってくれた人間が飼っている者を、兄弟姉妹のように感じたのである。
しかし、権にとって悲しい出来事が起きた。
権を一番可愛がってくれた少女が、流行病で亡くなってしまったのである。
彼女を母親のように思っていた権は、少女の死を理解出来ず、突然姿を消してしまったと思って探し続けた。
そんな時、兎小屋の訪問者達と遊ぶ朱理を見つけた。
朱理は何処か少女に似ていて、権は懐かしさを覚えた。
権は、こっそり社にやってきては、遠目に朱理を見つめ続けた。
朱理を見つめながら、可愛がってくれた少女を思い出し、涙を流していた。
やがて、遂に堪えきれず、兎小屋の訪問者達と遊ぶ朱理の前に飛び出して行った。
兎小屋の訪問者達に悪意など微塵もなかった。
ただ、一緒に遊びたくて、朱理にかまって欲しくて、飛び込んだのである。
でも、朱理は違う風に捉えてしまった。
動物でも、理由はわからないが、嫌われた事は理解できる。
可愛がって欲しいと思った朱理に嫌われてしまって驚いた権だが、代わりに早苗が可愛がってくれたので、早苗に懐いた。
権は、早苗が大好きだった。
いつしか、死んでしまった少女を忘れて、早苗を母親だと思うようになった。
本当なら、ずっと早苗の側にいるつもりであった。
ところが、同じ頃、野犬が跋扈するようになった。
野犬は、野生の動物も家畜も見境なく襲って食い散らかした。
権は、たまたま、早苗に会いに来る兎の親子が、野犬に襲われるのに遭遇して、これを助けた。
以来、野犬に襲われる兎の親子を何度も助けるようになるうちに、いつしか、兎の親子を随時守る為に、社を離れる事になった。
やがて、野犬達は駆除されたものの、権は他にも早苗を訪ねようとする兎達を襲う生き物の存在を知り、そのまま山に留まって守り続けた。
早苗を訪ねようとする生き物達も、ある時から、権の存在を知り、権が守ってくれている時を見て、早苗を訪ねるようになった。
早苗を訪ねる生き物を襲撃する者の中に、一匹の狐がいた。
権は、その狐と戦った。
その狐も、百戦錬磨の狩人であった。
それでも、かつて二十匹はいたであろう、獰猛な野犬を撃退してしまった権である。訪問者達を狙う鷹や鳶、烏達も、返り討ちにして、逆に食べてしまっていた。
その狐も、権の敵ではなかった。
戦いは、権の圧勝に終わった。
すると、何故か、その狐は権にまとわりつくつくようになった。
その狐は、牝狐で、何故が自分を負かした権に恋するようになったのである。
やがて、二匹は結ばれ、子狐が産まれた。
権は、母親のように思っている早苗に、どうしても家族を見せたくて、姿を現した。
早苗は、権と権の家族を見て大喜びした。
しかし、それが最後であった。
権は子育てに追われるようになり、早苗の訪問者を守るどころではなくなった。
早苗は程なく逝ってしまった。
やがて、権の子供達は大人になり、皆、権の元を去っていった。
権は、再び、早苗の死を知る事もなく、早苗の訪問者達を守り始めた。
その時には、権の妻も、早苗の訪問者達を一緒に守るようになった。
権の庇護がなくなり、一時途絶えていた早苗の訪問者達も、再び早苗の兎小屋を訪れるようになった。
そしてまた、野犬の群れが跋扈するようになり、山の生き物達を手当たり次第襲うようになった。
早苗の訪問者達もまた、野犬達の襲撃にあった。
権夫婦は、早苗の訪問者達を守るべく立ち向かった。
権は、数十匹もいる野犬達を次々に倒していったが、権の妻は敵わなかった。
竜也が助けに駆けつけた時、権の妻は既に息絶えていた。
家族を失い、再び孤独になった権は人恋しくなり、二年ぶりに早苗の兎小屋を訪ねた。
しかし、そこに早苗の姿は無かった。
代わりに見出したのが、社で最初に出会い、母親だと思った朱理であった。
「そうだったで、ごじゃるか…ごめんでごじゃる…ゴンちゃん、ごめんでごじゃる…」
朱理は、話を聞き終えると、また両手で顔を覆って泣き出した。
「おいら、あいつを見てると何か切なくてな…
おいらも母ちゃん早くに亡くしちまって、母ちゃんに似てるおばちゃん見つけて、追い回した事があるんだ。
でも、そのおばちゃんに、兎神家のおいらは汚いから来るなって、追っ払われちまったんだ。おばちゃんの子供達とも、仲良く遊びたかったのに、側に寄せ付けてくれなかったんだ。」
竜也も、全て話し終えると、腕で目を覆って嗚咽し始めた。
「アケちゃん、本当の事がわかったんだ、これからは、ゴンちゃんと仲良くできるね。」
私がいつまでも泣き崩れる朱理に言うと…
「うん…でも、もう…もう…ゴンちゃん来ないでごじゃる…お山に帰って、もう来てくれないでごじゃる…」
朱理はまた、声を上げて泣き出した。
「大丈夫だよ。ゴンちゃん、また来てくれるよ。また来てくれてたら、これまでの事、ちゃんと謝って仲良くするんだよ。」
私は言いながら、ふと振り向くと、久し振りに三度笠に引き回し合羽を着込んだ里一が、庭先で見えぬ目をこちらに向けていた。
「里一…」
里一は、微かに口元を綻ばせ、三度笠のつば先を摘んで引き下げると、そのまま何処かに去って行った。
それから、二日の間、里一は社から姿を消した。
そして…
「希美ちゃん!来て来て!ちょっと来てみて!」
朝早々、菜穂は希美を外に誘い出そうとした。
「嫌々!コンコンいない!コンコンいないよー!」
あれからずっと、部屋に篭って泣き崩れていて希美は、その朝もイヤイヤをして、部屋を出ようとはしなかった。
「そんな事言わず、とにかくおいでよ。」
今度は、愛が、希美の一番の友達である赤子を連れて、希美を誘いだした。
赤子も、小さな手を出し、フニャフニャ言いながら、希美を誘ってる様子であった。
「イヤーッ!コンコンいない!イヤーッ!」
希美がなおもぐずっていると…
宮司屋敷の外から、何やら聞き慣れた鳴き声が聞こえて来た。
「アッ!コンコン!」
希美は、忽ち涙を拭うと、満面溢れる程の笑みを浮かべた。
「希美ちゃん、先に行って待ってるね。」
愛は、十八番の片目瞬きをして見せると、赤子を抱いて先に出て行った。
「さあ、希美ちゃん。」
菜穂が、もう一度肩を抱いて促すと…
「うん!」
希美はまた、満面のの笑みで大きく頷いた。
屋敷の庭先では、政樹と茜、竜也と雪絵が、落ち着きなく飛び回る権を相手に、大はしゃぎで遊んでいた。
「コンコン!コンコン!」
希美は、屋敷の庭先に出てくるなり、権は大喜びでその胸に飛びついた。
「わあ!ぴょんぴょんもー!」
希美は、権の後ろに目を留め、更に目を輝かせた。
「希美ちゃん、ゴンちゃんがみんなを連れてきてくれたんだよ。」
竜也が言うと、権は、子兎の一羽を愛しそうに舐めまわした後、優しく咥えて、希美の手に乗せた。
「ぴょんぴょん、かーいー。」
希美は言うなり、子兎を嬉しそうに抱きしめた。
「そうそう、それとね。」
雪絵は思い出したように、後ろから小さな籠を取り出した。
「わあ!」
希美は、籠の中身を見るなり、目を輝かせた。
籠には、溢れ返るほどの松ぼっくりが詰まっていた。
権はまた、その一つを咥えて、希美に差し出した。
そこへ…
「さあ、アケちゃん。」
「ゴンちゃんに言う事があるのよね。」
由香里と亜美に手を引かれ、気まずそうな顔した朱理が、姿を現した。
忽ち、辺りは鎮まり返って、重たい空気が漂いだした。
「ゴンちゃん…」
朱理は、首を傾げてこちらを見つめる権を見て、鼻を鳴らしだした。
「ごめんね…ゴンちゃん、ずっと意地悪言って、ごめんね…本当にごめんね…」
すると、権はとびきり嬉しそうな声でひと鳴きすると、感極まって泣き崩れる朱理に、駆け足で飛びついた。
「ゴンちゃん、許してくれる?仲良くしてくれる?」
朱理が、抱きしめ所構わず撫で回して言うと、権は答える代わりに、涙に濡れた朱理の顔を、舐めまわした。
「わあ!お姉ちゃん、仲良し!コンコンと仲良し!」
難しい顔して朱理を見つめていた希美が、そう声を上げると…
「アケちゃん、この子、何処かで見た事ないか?」
竜也は、一羽の親兎を抱いて朱理に差し出した。
「あーっ!跳良ちゃん!!!!」
朱理は、親兎の顔を見るなり、声を上げた。
「厳密には、跳良ちゃんの子孫だよ。跳良ちゃんの家族の事は、社の訪問者達とは別に、特別にゴンちゃんが守ってたんだ。アケちゃんが一番可愛がっていたのを知ってたからね。だから、もう歳とって山を降りられないけど、跳良ちゃん、今もちゃんと、山で元気に過ごしてるんだよ。」
「そうでごじゃったか…ゴンちゃん、ありがとうでごじゃる。」
朱理がそう言って、権をもう一度抱きしめて頬ずりすると、権は嬉しそうな鳴き声をあげた。
「さあ!みんなで遊ぼ!」
「遊ぶポニョ!」
雪絵と茜が言うと、周囲の張り詰めていて空気も一気に解れ、子供達は権や兎達と遊び始めた。
「おまえが連れて来たのか?」
二日間、何処で何をして来たのか、全身泥まみれの里一を見出して私が言うと…
「兎達は、本当にゴンちゃんが探し出して連れて来たでござんす。あいつ、朱理さんに嫌われてる事より、朱理さんが兎達にいなくなられて悲しんでる事に胸を痛めていたようでござんす。」
「そうか。」
「これで、ようやっと、権ちゃんも朱理さんと両想いになれたでござんすね。」
里一は、権と絡み合って遊ぶ朱理に見えぬ目を向けて言った。
それを見て…
「さあ、今度は里一さんね。」
菜穂は言うなり、いつの間に並んで立つ由香里の手をさり気なく握らせた。
「えっ!」
「ナッちゃんってば…」
忽ち、里一と由香里の顔が赤くなった。
そこへ、後ろから…
「隠砦の風呂、沸かしてあるよ。」
亜美が二人の背中を叩いて言った。
「おいおい…」
「アッちゃんってば…」
里一と由香里は、更に顔を赤くした。
「ユカ姉ちゃん、里一さんをしっかり洗ってあげなさいな。」
「大丈夫。マサ兄ちゃんと茜姉ちゃんは、私と亜美姉ちゃんでしっかり見張っていてあげるわ。覗こうとしたら、バケツ百杯、熱湯ぶっかけてやるんだから。」
亜美と菜穂は言うなり、まだ恥ずかしそうにしている里一と由香里を、引きずるように連れ出して行った。

紅兎〜想望編〜贈物

小さな生き物達には、そこにいるだけで誰かを元気付ける力があるようだ。
早苗がそうだった。
子兎を飼い始めてから、まず、外に出るようになった。外に出て、皆と遊ぶようになると、少しずつ長い距離を歩くようになった。やがて、屋敷から兎小屋までなら、歩けるようになった。
最も…
早苗には過保護な友達が二人いた。
一人は、亜美であった。
亜美は、歩いて行こうとする早苗を見つけると、すぐ箱車に乗っけて連れ出した。そもそも、兎型の箱車自体、亜美が和幸に命じて…いや、頼んで作らせたのだ。
一人は、今は亡き貴之であった。
貴之は、外に出歩こうとする早苗を見つけると、ひょいと抱き上げて連れ出した。最も、貴之の場合、早苗を外に連れ出すのは、若干の下心もあったのだが…
あれから五年…
久し振りに訪れた兎の親子達は、希美を元気にした。
これまで、希美は宮司屋敷の庭までしか、自分から出ようとした事がなかった。
境内に出る時は、社の子供達の誰かが遊びに連れ出す時であった。それも、余り長い時間、境内に出る事はなかった。
一つには、社に来て、かなり元気になったと言っても、まだ、長い距離を歩き続けると、胸が苦しくなるからだ。
もう一つには、何も庭より先まで出なくても、宮司屋敷の中に楽しいものは全てあった。
菜穂の作る人形、和幸や秀行が作る玩具、政樹と茜が作るお菓子、一緒に遊んでくれるお兄ちゃんやお姉ちゃん達。
何より、愛が産んだ赤子は、最高の玩具でもあれば、友達であった。
それが、兎の親子達がやって来て以来、毎日のように境内まで出かけたがるようになった。
兎小屋の訪問者達と、遊びたい一心である。
境内に長く出ても、胸が苦しくなる事なく、具合を悪くする事もなかった。
兎小屋の訪問者達は、愛の赤子を除いては、どんな人形や玩具よりも希美を夢中にさせ、時が経つのを忘れさせてしまった。
境内の兎神子達もまた…
「ぴょんぴょん、ぴょんぴょん。遊ぶ、遊ぶ。」
希美がそう言って兎小屋に行きたがると、お供を引き受けたがった。
兎神子達にとっては、兎小屋の訪問者達も素敵な玩具だが、希美もまた素敵な玩具であったのだ。
ついでにもう一つ、愛の赤子と言う玩具もオマケにつけて、兎型の箱車に乗っけては、駆け足で兎小屋まで押して行ったのである。
しかし、気まぐれな訪問者達の事…
彼らは、忘れた頃にやってきたかと思えば、気づくともう帰ってしまう連中でもある。
「ぴょんぴょんいない…」
ある朝…
愛の赤子を抱いて兎小屋に飛び込んだ希美は、しょんぼりと俯いて、座り込んでしまった。目にはいっぱい涙を溜めている。
「兎さん達、みんなお家に帰ったのよ。お家には、お友達がいっぱい待っているからね。」
「お友達?」
「そう。希美ちゃんには、社のお兄ちゃんやお姉ちゃん達が待ってるようにね。希美ちゃんが、お出かけしたまんま帰って来なかったら、みんな寂しがるでしょう?」
「うん。」
「兎さんも、同じなのよ。大丈夫、また、遊びに来てくれるからね。」
愛が肩を抱いて頭を撫でてやると、まだ鼻を鳴らしている希美は、力なく頷いて必死に泣くのを我慢した。
『我慢、我慢、お利口さんね。』
せめて、屋敷に帰った時、菜穂にそう褒めて貰いたい一心であった。
すると…
「あら、ゴンちゃんじゃない!」
不意に、愛が声を上げた。
見ると、一人取り残されたように、小屋近くの草むらから、赤毛の狐が一匹顔を出し、嬉しそうに鳴きながら側に寄ってきた。
「わあ!コンコンだー!コンコンだー!」
希美も、目に溜めた涙を拭い去って声を上げると、狐は真っ直ぐ駆け寄ってきて、希美と希美の抱いている赤子の顔を交互にペロペロ舐めだした。
「わあ!くすぐったい!くすぐったい!」
希美がクスクス笑いながら言う腕の中で、赤子もケラケラ笑いだした。
「ゴンちゃんは、相変わらず優しい子ね。こっちおいで。」
愛が言うと、赤毛の狐は愛の胸に飛び込んで行った。
「コンコン、ヤサシー?」
「そう。この子はね、他の子達がみんな帰ってしまって、希美ちゃんが悲しがるだろうと思って、一匹だけ残っていてくれたんだわ。ねえ、ゴンちゃん。」
愛が言うと…
「赤ちゃん、コンコン、ヤサシー、ヤサシー、お利口ね。」
希美は言いながら、赤子を赤毛の狐に近づけた。
赤子は、小さな手を赤毛の狐に伸ばして、その温もりにケラケラ笑いだした。
赤毛の狐は、愛の腕の中で、大人しく赤子に撫でられていた。
赤毛の狐に権と名付けたのは、早苗であった。
権が、兎達と一緒に小屋にやってくるようになったのは、愛が赤兎になって間がない頃。
朱理には不評であったが、他の子供達にとっては、この珍しい来客は、大きな慰めになっていた。
何しろ…
今の希美と赤子のように、みんなの宝物だった愛が、目の前で連日全裸にさせられてるだけでも胸を締め付けられる思いであった。その上、所構わず、好き者の領民達に見出されては、面白半分に弄ばれ続けてきたのである。
いつも明るかった兎神子達から、笑顔が消えた。
会話も殆どなくなり、当の愛が、一生懸命明るく振舞おうとすればするほど、皆の涙を誘った。
特に、一番年上の由香里は、愛が可哀想だと言って抱きしめては、声を上げて泣いてばかりいた。
そんな彼らに、久し振りに笑いを取り戻してくれたのが、権であった。
『みんなを慰めてくれてありがとう。君はきっと、権現様だろう。』
私が、皆と遊ぶ権を抱き上げて言うと…
『権現様?』
『そう。神様が、みんなを慰める為に姿を変えて此処に来てくれた、権現様だよ。』
『それじゃあ、貴方はゴンちゃんね。権現様のゴンちゃん…良い子良い子、お利口さん。』
早苗は私から権を受け取って抱くと、優しく撫でたり頬擦りしながら言った。
『愛ちゃん、ほら見て。可愛いでしょう。』
ある日。
御贄倉の土間で、一人種付参拝を待つ愛に、権を抱いてきたのは、当時は淑やかだった菜穂だった。
『わあ、可愛い!子狐じゃない!この子、どうしたの?』
『最近ね、兎小屋に遊びに来るようになったの。ゴンちゃんって言うのよ。』
『まあ!でも、兎小屋に狐なんて、大丈夫なの?兎さん達、食べられちゃわない?』
『それが、平気なの。アケ姉ちゃんは、未だに愛ちゃんと同じ事を言って、この子が来るの嫌がってるけど、この子、兎さん達と大の仲良しなの。』
『そう、お利口さんなのね。』
愛がそう言って手を差し出すと、最初は菜穂の腕の中で不思議そうに見つめていた赤毛の子狐は、その手をペロペロと舐めだした。
翌日。
愛がいつものように御贄倉の土間で過ごしていると、御贄倉の戸を叩く音がした。
『まあ、ゴンちゃん!』
種付参拝だろうと思って戸を開けると、愛は思わず声をあげた。
権が何やら咥えて、座っていた。
『私にお土産持ってきてくれたの?』
愛が言うと、権は得意げに咥えてきたものを差し出してきた。
『ありがとう。でもね…』
愛は言いつつ、思わず苦笑いした。
もし、太郎がいつも率いてくる神饌組の女の子達であれば、間違いなく悲鳴をあげるであろう土産だったからであった。
『いつも、社の鼠獲ってくれてお利口さん。でも、私は鼠食べないの。』
愛が頭を撫でながら言うと、赤毛の子狐はせっかくの土産を地面に落として、しょんぼり俯いた。
『とにかく、中に入って。一緒に遊ぼう。』
それから、権は毎日、愛の元へやってきた。
兎小屋の訪問者達は、基本、兎小屋周辺から離れようとはしない。
皆、兎小屋周辺で、子供達と遊びたいだけ遊ぶと、そのまま、住みかである社の裏山に帰って行く。
一つには、社の約束事として、兎小屋以外の場所で、食べ物を与えないと言う事があった。
後に、宮司屋敷の庭先に訪れた者には、そこでだけ特別に食べ物を与えるようにもなったが、その約束事は未だに守られている。
愛も、御贄倉で子狐に食べ物を与える事は決してしなかった。にも関わらず、何故か毎日、愛の元を訪ねてきたのである。
『まあ!今日は松ぼっくりを持って来てくれたのね!』
これも、どう言うわけであろう。
赤毛の子狐は、愛の元に訪れる時、何かしらお土産を持って来ていた。
気に入って貰えなかった鼠は、二度と持って来る事はなかった。
代わりに、団栗、松ぼっくり、茸、筍、木の実、その日その日、様々なものを持ち込んでは、愛に差し出した。
『今日もお土産ありがとう。でも、この茸は笑い茸よ。食べたら大変、大変。』
愛は、権が持ち込むお土産をみては、クスクス笑いながら、一緒に遊ぶのを楽しみにするようになった。
御贄倉の訪問者が、権だけならどんなに良いか…
それは、兎神子達皆の思いであった。
しかし、主に訪れて来るのは、種付参拝の男達である。
彼らは、目当ての兎神子達を選ぶ前に、大抵、愛に手をつけた。
権は、愛が男達の相手をしている間、隅に隠れてジッと見つめていた。
当時、まだ九歳だった愛が、男達に小さな参道を抉られ、呻き声をあげだすと、目にいっぱい涙を溜めていた。
ある日、種付参拝が訪れると、とうとう堪え切れなくなった権は、愛を背中に匿って近づけまいとした。
『駄目よ!駄目!』
寸手で種付参拝に襲い掛かろうとする権を、愛は慌てて止めた。
『大丈夫よ。これは、私のお仕事なの。だから、終わるまで大人しく待っていてね。後でまた、遊ぼうね。』
愛がどうにか赤毛の子狐を抑えると…
『お狐様に見守られて種付とは縁起良い。ありがたいこっちゃ。』
そう言って、種付参拝は、いつにも増して執拗に愛の身体を弄んだ。
その間、権は苦悶の呻きをあげる愛を、悲しげな声をあげ、涙をポロポロ流しながら見つめ続けた。
そして、種付参拝の相手を終えた後、股間を抑えて蹲る愛を、慰めるように顔を擦り寄せてきた。
やがて、冬になった。
常に全裸でいる事を強いられ、寒さに震えていると、権は唐突に愛に抱きついてきた。
『まあ!私を暖めてくれるの?』
愛が抱きしめて言うと、権は愛の顔をペロペロと舐め出した。
『暖かい…とっても暖かい。ありがとうね。』
言いながら権に頬ずりする愛は、優しく心地よい温もりに、次第に眠気を誘われていった。
「わあ!コンコン、ありがとう!」
いつの間に眠っていたのか…
愛は、希美の声に目を覚ました。
赤子が、希美の腕の中でケラケラ笑っていた。
見れば、希美と赤子は、松ぼっくりをもって大はしゃぎしていた。
権は、そんな二人の周りをチョロチョロ走り回っていた。
「あら、貴方達、良いの持ってるわね。どうしたの?」
愛が尋ねると…
「コンコン、貰ったの。」
希美が嬉しそうに言い、赤子が相槌打つようにまたケラケラと笑いだした。
「そう、ゴンちゃんに贈り物を貰ったんだ。良かったわね。」
「うん。」
すると…
権は、一瞬小屋の外に飛び出して戻ってくると、愛にも松ぼっくりを咥えて差し出した。
「まあ、私にも?」
愛が松ぼっくりを受け取って言うと、権は嬉しそうに一声鳴いて、顔を擦り寄せてきた。